2017年11月29日

『グロリア 』 ジョン・カサヴェテス監督

『午前十時の映画祭』のラインナップに入ったことで、定期的に話題になる『グロリア』をスクリーンで見ることが出来ました。まずは企画に感謝。

グロリア [SPE BEST] [DVD]

 いや、パッケージがすべてをあらわしていると言えて、ギャングの抗争に巻き込まれた少年を、やや中年も過ぎつつあるかという女性が銃を取って守るという、一点に魅力が凝縮されています。逃走用に銀行で金をおろすときに口座を聞かれて「貸金庫」というあたりにグロリアという人物が送ってきた生活を一発で理解させる演出にもしびれるものがあるのですが。
 監視してるマフィアの手下に一度目の取引を持ちかけて、ボスに報・連・相してからじゃないと決められないと返された時に浴びせる痛罵が、失敗も後悔もあれ自分で自分の人生を自分で決めてきたグロリアの矜持を明らかにする素晴らしいシーンで、あの場面でのジーナ・ローランズの表情はぜひ見ていただきたいのだけれども、そんな彼女も「組織(システム)は無敵だ」と慨嘆せざるをえない。そのような認識をかかえた上で、なおシステムに対してひとり抗うグロリアの姿が描かれたのが1980年であるというのは、暗示的でもあります。

 ラストシーンについてはいろいろと解釈がありますが、むしろ一回目の墓地のシーンでの会話で決定的な水準の内容が描かれている気もします。個別の死者、個別の墓地ではなく、ある種普遍的な死者と生者が交わる場所。それにしても、ブロンクスの汚れた町と、静謐な墓地の対照、アクションの合間に込められた絶妙な演出と、長い生命力を持つ映画だと納得させられます。
web拍手 by FC2
posted by すける at 11:07 | Comment(0) | 映画・演劇・ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月05日

斉木香津『五十坂家の百年』

 崖から飛び降りた双子の老婆が住んでいた屋敷から発見された四つの死体、なぜ彼女たちは死を選んだのか、四つの死体は何者なのかを焦点に展開するミステリ。

五十坂家の百年 (中公文庫)
五十坂家の百年 (中公文庫)

 物語序盤で提示される二つの謎に対する答は、屋敷の住人を中心とした四世代にわたる一族の視点が、時代を前後しながら飛び交い描かれることで像を結んでいくことになる。視点を動かすことで、それぞれの人物の表面上の人当りとは別の側面が見えてくるという構成は、ベストセラーとなった『凍花』を想起させるものだ。節に割り当てられている視点人物は、第一世代、公一郎・璃理子の兄妹と第三世代の二葉、第四世代の由羽となっており、第二世代が欠けている。飛び降りた老婆姉妹が第二世代の蘭子と蝶子であることから、事件にいたるまでの経緯とその解明がここに収斂するということは自然と察せられるだろう。探偵役は、後発世代の二葉と由羽二人に振られているのだけれど、ここにも仕掛けが隠されているつくりだ。

 おそらく登場人物中もっとも強い印象を読者に残すのは、強烈に閉塞した内面と、肥大した自己意識に似合わぬ相貌を併せ持つ、物語からは途中退場する璃理子だと思われるが、「エス」を匂わせながら一方的に友人の弥生を操作する身勝手な交友、のみならず人間関係すべての構築が、一族の運命を決めていくという展開には固唾を飲んで見守らざるを得ないだろう。
 著者の名前はとりわけサブジャンルの書き手としてつよく取り上げられがちで、そのような側面はたしかにあるのだが、本人の力量はその規定する柄よりも広く遠くに及んでいることを窺わせる。この作品自体を楽しむとともに、今後の作品も期待したくなる一冊だ。
web拍手 by FC2
posted by すける at 09:01 | Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月16日

『三国志考証学』から龐統祠へ

 李殿元・李紹先の『三国志考証学』をパラパラと読む。原題は『三国演義中的懸案』なので、考証の対象の中心は演義の描写にある。原著は1993年刊行とと少し古く、演義と正史との突合せは、いまの日本の三国志ファンはたいがい自分でも出来るので新しい知見はそれほどないけれど、演義の創作を指摘し続けて一周すると、やっぱ羅貫中の脚色はすごいわとなってくる。

三国志考証学
三国志考証学

 他には○○の墓はどこかという類の話が多く、曹操の墓なんていまでもニュースになるくらいのもので、これは現地での発掘作業が出来て、史料にも当たりやすい中国の学者の記述に圧倒的なアドバンテージがあるところだ。

 とりわけ個人的に興味深かったのが、「軍師龐統はどこに葬られたか」の項で、三国志関係の人物の墓の実証性はピンキリなんだけど、龐統墓がある四川州徳陽市羅江県白馬関は、劉備の蜀攻め終盤の拠点だったと想定しうる綿竹関に近く、雒城での龐統の戦死後、いちど綿竹まで退いてそこで埋葬したというのはたしかに説得力のある話だ。流れ矢に当たったとされる雒城付近ではないというところに信憑性はある。付近の出土品も後漢末期のものだとか。そこまできても、本文では「一つの憶測」とするあたりの慎重さも見たい。
 俄然、龐統祠に関する信頼度が高まったので、検索してみるとまた面白い話が。龐統祠の二師殿の前には柏の木が二本植えてあり、これは言い伝えでは張飛が植えたということになっているという。

 『三国志データベース』
 「龐統祠:四川最早的三國遺蹟」

「據說系張飛所植」の真偽はさほど重要ではない(偽だろう)。しかし龐統が柏を通じて張飛と結びついているという認識は重要ではないか。成都と漢中を結ぶ剣閣の桟道にはいまも数千本の柏の木が植えられた一帯があり、翠雲廊と呼ばれるそれは別名「張飛柏」、やはり張飛が植えたという伝説になっているとか。これも稗史の類ではあろうけれど、張飛というのは伝承では柏を植える人ということになってるらしい。おそらく張飛柏の話が先にあり、龐統祠の柏はそこから関連付けられたのではないかという気もするが推測はとりあえず措き、演義では薄められているけれど、『三国志平話』では龐統と張飛にけっこうな絡みがあり、もしも龐統が長く生きていれば、コンビとして面白いセットになったのではないかといううらみを以前ちょこっと書いていたのですが、死を悼んで祠に柏を植える、ですか……。 
 
タグ:三国志
web拍手 by FC2
posted by すける at 20:17 | Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする