2018年05月26日

『泣き虫弱虫諸葛孔明』酒見賢一

 暇になると三国志ものをめくったりするのだけれど、物語としての三国志については三十年くらい前から前からまったく更新されていないのである。そんな頃には、吉川英治、柴錬、陳舜臣、演義くらい読んでおけば、まあよかったから楽ちんだったのが、いまはずいぶん新しく書かれている。そんなわけで、酒見賢一に手を出してみた。とりあえず、第一部、弐部から。こちらも『墨攻』以来四半世紀ぶりくらいなのか。

泣き虫弱虫諸葛孔明〈第1部〉 (文春文庫)
泣き虫弱虫諸葛孔明〈第1部〉 (文春文庫)

 タイトルからして当然視点は諸葛亮を中心に置かれることになるわけで、まずは若き諸葛亮のコネ形成と就活前の自己アピールみたいなものを見ることになる。コネクションについては姉が龐山民に嫁いだことから襄陽の名士龐徳公と連なり、自身は黄承彦の娘と結婚する。ここから黄家を通じて劉表の重臣で、『三国志演義』トップクラスの嫌われ者蔡瑁の一族にも繋がることになる。弐部でちらりと劉備がこの話題を振って、諸葛亮が興味無げに返答するシーンがさらりと描かれていることを見たい。さらに本書では弟の諸葛均は習氏と婚姻するなど(これは異説もあるようだ)、世に出る前から諸葛亮が姻戚関係によって荊州の豪族と繋がっている姿に多く筆を割かれている。こうした諸葛亮は『三国志考証学』でも描かれていた。自己アピールは臥龍伝説であり、その形成には自信が噛んでいたというものだ。

 こんな諸葛亮に新野をあてがわれた劉備がからんで三顧の礼、隆中対、出蘆までで一冊。これだけだと派手さが無いのだが、前振り軍師としての徐庶の奮闘が美味しかった。数で圧倒的に勝る曹仁軍の襲撃に対する徐庶の軍師としての初起用で、劉備が過剰な期待をせず「いつも負けてるんだが、今回は軍師に従って負けてみる戦も初めて経験してみてもいいか」くらいの胆力を見せるのがそれらしい。こうなると長坂での負けっぷりも見てみたくなるではないかということで第弐部へ。


 袁紹の残党や烏桓を平らげ、ついに荊州に進軍してきた曹操に対して「華々しく一戦して命より名を惜しんだ感じが漂い、惨敗して逃げているにもかかわらずなんとなく勝ったように見え、なおかつ民衆の人望も失わず、希望の新天地に思いを馳せる」話がうますぎる、我儘な条件を満たす策を諸葛亮がさずけるが、その表現は「われらはゆっくりと壊滅する」「わが軍が激闘しつつ滅びてゆくところ」「九死に加えてなお一死」という凄まじいものである。こんな負け方は劉備軍にしか出来まい。
 樊城から撤退前の劉備、兵卒民衆あわせて二十万を前に悠々と「老人老女、壮丁、女、子供、農夫、商人、下級兵士、こじきまでをも、ゆっくりと視界に入れ、一人一人に視線を合わせるかのように見渡した」たったこれだけのことを代償として、民衆は敗走する劉備についていく。こんな負け方は劉備軍にしか出来まい。

 劉備の負けっぷりのよさとは別に、長坂敗走時に切り離されてから再び合流するまでの関羽の部隊の移動ルートの分からなさを詳しく説いている点も注目される。演義でも正史でも江陵を目的地としているのになぜか関羽は本体に漢津で合流する。よく取っても正史は記述を脱落させており、最初の目的をどうしたのかが分かりづらいのは、自分で経緯をまとめようとすると分かるだろう。酒見は「最も資料的価値の低い」という三国志平話では関羽を漢津で合流させないという、当初の指示を考えるとある意味整合性の高い展開になっていることを指摘するが(平話はふつう荒唐無稽だと言われるが、時々妙に律儀にこういうことをする)、しかし酒見はこれは取らず、最終的には演義に近いものだが別の解を出す(ちなみにわたしの思いつきは「関羽は慣れない土地で迷子になって本来の目的地にたどり着けなかった」というものだが、自分でも採用する気になれない)。いずれにしても、この問題が困りものであることが明示されたのはよいことだ。
 ちなみにこの巻では黄祖が滅ぼされているが、江夏太守の座が黄祖から劉gに移ったことは敗走時の劉備に対する援軍の存在だけでなく、その前段の状況で呉の外交政策にも影響を及ぼしている。魯粛は劉表の弔問にかこつけてとりあえず江夏へ向かったが、孫堅の仇である黄祖が存命のままで江夏を押さえていたら、荊州との関係回復を目指すという方針は抵抗が強かったのではないだろうか黄祖という人、三国志でも器の小さい人上位ランカーと認識されてると思うが、孫家三代と二十年くらい争いながら江夏を治めていたわけで、改めて考えると無能なわけはないとも。わりと地味に三国志の転換点に絡んでいるのではないか。なお長坂の敗走には秘密外交を一任された魯粛も巻き込まれて、たいていの『三国志』では江夏に落ち着いてからとするが本書では正史魯粛伝によって長坂で劉備・諸葛亮との面会の記述を取る。魯粛もけっこうなおもしろ人間なので、これはそうあるべきだろう。

 酒見は正史の簡素な記述に注を付した裴松之について、資料を無理やり多数引用、注をしたのにかえって疑惑が膨れ上がる面白いに決まってるやり方としているが、ある意味ではわたしたちはずっと裴松之のやったことを重ねるように三国志を面白がっているのであって、この本もその一つであるだろう。裴松之の注は、最初は文字の解説など手堅いやり方で行くつもりだったようだが、次第に人物像を膨らませるエピソードや異説との比較、史料批判的な側面に踏み込み、出所からしてあやしげなエピソードを多くの字数を費やして取り上げたかと思うと、これはこんなにバカバカしい話だと論証したりするのだから、やってる方だって楽しくて仕方なかったろうと思う。



泣き虫弱虫諸葛孔明〈第2部〉 (文春文庫)
泣き虫弱虫諸葛孔明〈第2部〉 (文春文庫)

墨攻 (新潮文庫)
墨攻 (新潮文庫)

三国志考証学
三国志考証学
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2018年05月19日

『料理の四面体』玉村豊男

 タイムラインで強力に推されていた『料理の四面体』を読了。


 ちょっと検索してみたら、わりと最近テレビでも取り上げられたらしい。予想できるようにこのアイデアははレヴィ=ストロースの「料理の三角形」をもとにして発想されている。

料理の四面体 (中公文庫)
料理の四面体 (中公文庫)

 目次の作り方がよく考えられていて、前書きでは数多くの料理の経験から無意識のうちに一般法則をおぼろげに学んでいく、という帰納法的な展開から、法則を意識化することで一般原理からレシピを演繹していくという転換を訴える。
 かなり大上段にかまえた宣言であるが、つづいての一章は著者がアルジェリア南部の砂漠付近をふらついているところで呼び止めた青年たちが振るまってくれた「アルジェリア式羊肉シチュー」について描写される。一般原理どころか非常に特殊性の高い経験で、これだけ読んでも単体のエッセイだと思ってしまいそうだ。

 しかし料理の手順の鮮やかな描写は「美味しそう」という感想を引き出すためだけのものではなく、後で参照されるように注意深く書かれている。次の節では子羊の背肉ポンパドゥール風というフランス料理が示されて、これはアルジェリアの砂漠ほど遠くはなく、映画でそんなものも見たかなという気もするが、そんなに日常的な生活では見ないものだ(1980年刊行)。
 そしてフランス料理という文明と砂漠の道端で食べる野性味とが対照されつつ、一方では手順を分解すると共通の背骨があることが論じられる。ここから順列組み合わせの可能性が示唆されて、一度ブルゴーニュ風の牛肉煮込みのための複雑なレシピが提示された後に、材料や道具で大幅に(積極的に)制限された条件で、日本において食材や調味料を少しづつ変えながら再現するという試みが行われる。最終的に現出するのはなじみ深い「豚肉の生姜焼き」である。
 この流れを逆転させるのは上手くない。異質な風景を見る単純な驚きから始まり日常見慣れたものに戻るときに、そこで違うものでありながら同じものであるという論理による驚きがあるという構成である。「ひとつの同じ本質が、時とところに応じてさまざまに異なる姿を人に見せるだけのこと」と。

 3章の空揚げと天ぷらの区分で面白いのは、空揚げを何もつけないあるいは粉だけをつけて揚げたものと定義しつつ、天ぷらについては粉をなんらかの液体で溶いたものをつけて揚げるとしたうえで、この定義を採用するならば「てんぷらはひとりわが国の特産ではなく、ほとんど全地球市民に共有の財産」とみなしている点だ。先ほどの引用も踏まえつつ、ここでは、料理は特定の民族にしか理解・所有されないローカルな特殊性ではなく、普遍性の方に開かれているものであるを見ておきたい。

 また、料理が加熱を一つの基礎とすることは何度も述べられるのだけれど、2、3章を読むと直火(ロースト・グリル オーブンを用いる)で焙るとりあえずフランス風と鍋(と油)を通す中華風とに分けられると思うが、こうして図式化すると自分の料理の傾向が中華型に大きく寄っていることは改めて確認できた。キッチンにあるオーブンレンジは実質、電子レンジとしてしか使っていないのである。

 4章では酢醤油とドレッシングの比較から、醤油と油の互換性が訴えられる流れから、刺身をサラダの一種として捉える視点が表される。ややアクロバティックにも見えるがアボカドが刺身としてもサラダとしても成立するあたりヒントになりそうである。醤油なら刺身でドレッシングならサラダ、そして本書の規定では醤油とドレッシングに本質的な差異はない。
 5章ではチャルバ・デ・ブルタ(ルーマニアの牛の胃のスープ)を、これはここまで読んでいるともう分かってくるはずだ、日本のもつ煮に変換してくる。火による熱が水を通して具材に伝わるという運動が煮物・スープ・シチューなどを作る。一方では水(や油)の介在を極度に減らすことは焦がすや煎るとしてあらわれる。具材自身の水分を逃がさないように何らかの形で包み込むなら蒸すになる。熱源との間にある水分(油分)と具材との関係は、焦がす-煎る-蒸す-煮る(揚げる)という理解でいいだろうか。

 最終章では二つの名を持つ料理を、二つの異なる料理だと思い込んでしまうと、この二つの料理は永遠に異なる二つの料理でしかないとされ、一つのものだと考えることが出来るところから逆に数多のレパートリーがあらわれてくると玉村は言う。
 ここでついに料理の構造という大きな理論が打ち出されてくる。料理の基本の四要素として、火、空気、水、油を挙げて、その中でも火が決定的な役割を果たす頂点として存在し、それと具材に介在する空気・水・油が三角形の底面を構成し、具体的な料理はこの構造の中を動くというモデルが提示される。
 ということで、このモデルを知ることですぐに料理が出来るわけでもないが、いくつかのレパートリーをバラバラな知識として持っていて、しかしこの手順はそこだけ抜き出せば他の料理と通底するものがあるなと何となく予感していた人にはこのモデル認識は価値があるだろう。モデルの中に個別のレシピが位置付けられて、孤立したものではなく互換性を持つようになり、また構造を理解していれば、その表面上を移動して、未経験のレシピに挑戦することもある程度可能になるからである。もうレシピは孤独ではないのだ。
 もちろん実践として成功するかはまた別の問題であることは、本書でも注意されている。健闘を祈ります。



生のものと火を通したもの (神話論理 1)
生のものと火を通したもの (神話論理 1)
   
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2018年05月15日

『オクトーバー 物語ロシア革命 』チャイナ・ミエヴィル

『戦争は女の顔をしていない』読了から、勢いで遡る形で読みさしにしていたミエヴィル『オクトーバー』も読了。きっかけさえあれば一気にもっていかれるものだ。ロシア革命百周年を前に刊行・邦訳されたミエヴィルによるロシア革命史だが。シンポジウムの会場などで少しは売られたりしていたのであろうか?

オクトーバー : 物語ロシア革命 (単行本)
オクトーバー : 物語ロシア革命 (単行本)

 第二インターナショナルが世界大戦の前に屈服し、戦争に加担する各国社会主義者が戦争に加担する過程において革命的祖国敗北主義という激越な対応を打ち出すレーニンの主張が、兵士たちに蔓延する厭戦の情勢下で次第に支持を広げつつある中での二月革命の勃発、これが本書の起点となる。発足した臨時政府はしかし戦争から手を引くことが出来ず、この過程で旧軍の上層部の権力の復活を許し、多くの社会主義者たちも自分たちと労働者階級の力量を信じることが出来ずに明確に権力を取ることが出来ない(まずブルジョア革命が成立しているべきだから)。このような過程で帰国したレーニンが四月テーゼを打ち出し「すべての権力をソビエトへ」というスローガンをまとめ、その後さらに帰国してきたトロツキーが二重権力批判を明示して、臨時政府との対決と自らが権力を取るいう軸を作っていく。
 このような状況で軍司令官コルニーロフによる反乱が起こり、臨時政府首班のケレンスキーは対立するボルシェビキに助けを求めて急場を乗り切るが、前線に立ったボルシェビキが労働者との連携を深め、十月へなだれ込んでいく……。

 と、このように、読んでみれば予想以上に(左翼的に)納得のしやすい筆の運びで、やはりメインとなる役者はレーニンであるんだけど、あらためて示されると意外と面白かったのがカーメネフだった。名前の出るところではほぼ慎重派としてレーニンと反対の立場を貫いて、レーニンの果断・明敏な判断力と対照されて、その度にこき下ろされることのなるのだけれど、レーニンがいないところでメンシェビキたちからボルシェビキの過激な姿勢を批判されたときにはボリシェヴィキ全体を(一部を切り離さず)擁護し(p.201)、労働者階級による政府を動議する際に「政府発足の純粋に専門的な側面には……自分は興味がない」と(軽い調子で)爆弾的な言葉を告げたり(p.310)、執拗に反対し続けていた蜂起が、しかしひとたび現実に起これば街頭に立つ(p.360〜)という振る舞いを堅持する。
 これは普通は「にもかかわらず」というような表現のあとに来るような行動ではあるが、しかし革命家としてはごく当然の振る舞いであるだろう。運動の進展に身を投げることは、事態の進行への判断や評価とはまったく別のものだという確信をもっているか否か。そこが分かれるところだ。十月革命によってレーニンの方針の正しさが「証明」された時、二年後に我々がまだ権力を握っていたとしても、カーメネフはまだ二年以上は生き延びられないと言っているんだろうとレーニンはからかっているけれど、この時党内の対立者としてのカーメネフの価値はレーニンによって正当に測られていたいた気はする。

 無論、敗北者の側からも言いたいことはあろう。本書においてケレンスキーはバランスを取るだけのボナパルティズムと評され、一貫して道化であるけれど、「臨時政府」において、ケレンスキー以上の仕事が出来るのかというと疑問はあるはずだ。ケレンスキーが置かれた状況は、十月革命後も消えるわけではない。それをボリシェヴィキが乗り切る、その在り方ははたしてどのような結果を生んだのかは、苦いエピローグを読む上で考えざるをえないだろう。
 本書で、幾たびも首都の社会主義者たちが気弱になるところで明確な革命への意思を迷うことなく表してきたクロンシュタットの水兵たちに……。革命の過程の中にいたもの、その遠雷を聞いていたもの。まだ多くの言葉がある。

 そして、ミエヴィルが小説家としての顔を見せたのは、やはりエピローグでも触れられる「転轍手」について語られる場面だろう。

世界を揺るがした10日間 (光文社古典新訳文庫)
世界を揺るがした10日間 (光文社古典新訳文庫)

ロシア革命史〈1〉 (岩波文庫)
ロシア革命史〈1〉 (岩波文庫)

ロシアと歴史の転換点―ケレンスキー回顧録 (1975年)
ロシアと歴史の転換点―ケレンスキー回顧録 (1975年)

ロシア革命論 (1985年)
ロシア革命論 (1985年)

大杉栄全集〈第7巻〉ロシア革命論 (1963年)
大杉栄全集〈第7巻〉ロシア革命論 (1963年)

クロンシュタット1921
クロンシュタット1921

1917年・裏切られた革命―ロシア・アナキスト (1971年)
1917年・裏切られた革命―ロシア・アナキスト (1971年)

ロシア革命――破局の8か月 (岩波新書)
ロシア革命――破局の8か月 (岩波新書)
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posted by すける at 23:30 | Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする