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2012年03月05日

『都市と都市』チャイナ・ミエヴィル

 ちょっと遅れたけれど、ネット上での評価も高いチャイナ・ミエヴィルの『都市と都市』を読む。
都市と都市 (ハヤカワ文庫SF)
都市と都市 (ハヤカワ文庫SF)

 あらすじの類については、他のブログなどで読んでもらうとして、ベジェルとウル・コーマという地理的に重なっている都市の住民が、お互いを見ないことにするというアイデアを異化効果をメインとした短編でやるのならともかく、ジャンル小説の枠にのっとった長編で書ききろうという試みには驚嘆せざるをえない。

 話を聞けば、誰でもこの世界のルールには何かしらの無理や瑕疵があるのではないかと疑問を呈したくなるだろうが、ミエヴィルは物語の中でひとつひとつ、そうした疑問の類への対応を描いている。
 それはたとえば密輸などをはじめとする犯罪行為であるとか、不測の事故などだけれど、ベジェルに住む主人公の自宅の近所が火事になったときの対応が傑作で、窓から火事の炎に照らされているものの、それはウル・コーマの土地で起こっていることなので直接は「見ない」ことにしつつ、別の都市からのニュース映像として、その様子をテレビで眺めているという。ここまでいけば、感心するほかない。

 ルールに対する違反行為が「ブリーチ」と呼ばれている一方、その違反された行為を取り締まる組織もまた「ブリーチ」と同じ名で呼ばれているあたりも巧妙で、著者の知識の深さを信頼させるものになっている。

 見えているものについて、見ていないふりを強いられることと、それに適応するテクニックというあたりからは『1984年』のダブルシンクであるとか想起させられるし、あるいは現実世界のさまざまな側面をカリカチュア、あるいは寓意したもののようにも思われるけれど、大森望解説によるとミエヴィル自身は本書をアレゴリーとして読まれることを拒否しているという。


 しかし、アナロジーとして読むことを封じられたら、どうすればいいのだろう。わたしのSF読者としての能力の過半はアナロジーとして読むことに依拠していると思うので、そんなこと言われると手も足も出ないのだが(笑)。

 とか言いながら、「作者自身、アレゴリーを否定しているとなると、本書はどう読めばいいのか。」という大野真紀さんの書評を見てから「それは読んでみるか」ということを決めたんだから、わたしの最近の読書を決める基準もそうとうねじまがってはいるなぁ。

 実のところ、拒否されつつも、あえてアナロジーとしての性格に言及することを試みている人もいるし、わたしもそれは間違いなくやるべきだと思う。そしてまた、そうした日本人読者の評者の言及もイスラエル/パレスチナ状況であるとか、諸外国の事情についてのみ慎み深くおこなわれているのを見る時に、あらためてわたしたちは何を見ないことにしているのかということが立ち上がってくるとも言えないだろうか。


 さて、物語の決定的な部分において、これは本当は『都市と都市(と都市)』ではないのかというわたしの読みを本書ははぐらかしてきた。この読みは設定を軽く眺めただけの時点で、決め打ちしてたんで、いまだにもやーっとしていたりもする。ひとつの都市とひとつの都市があるなら、そのような状態を支えるものとして三つ目の都市も当然あるはずだと思うんだよな。そのような思考法こそが、ミエヴィルのしかけた罠にひっかかっているということなのか?

 都市をめぐる結論については、反応もさまざまで、全体の試みについては賞賛しつつも否定的なものも多いという感じで、わたしも本当にこれでいいのかという気がしないでもない。普通ならば27章冒頭からの流れに直接乗ってラストへ向かうものではないかと思うが、そうはならないのだ。

 ミエヴィルは、この異様な都市の分裂の起源という決定的な真相についても解明することは棚上げにしているのだけれど、これは第三の都市についての扱いとからめてみても、注意深い選択であることは間違いない。

 それにしても、やはり落ち着かないところはあって、冒頭の事件現場近くで主人公が見かける年配の女性(ただしお互いに見ないことにしなければならない)は、後半になってなにか重要な証言をするのだろうと当然思ったのだが、そのようなことはなかった。
 単に都市住民の接触に関する特殊性を説明している描写とも思えなくはないが、それなら「何かを言いたいようにも見える」という記述は必要だったのだろうか。なにか、この部分には、本書のとりあえずの解決にたいする亀裂が入っているという印象がある。


 昨年末に刊行された本だけれど、とりあえず、わたしが今年読んだものの中ではベスト。
余談だけれど、本書をゲームブック化することを仮想したフーゴ・ハル氏のツイート


などを見ても、この作品の創造的な喚起力の強さをうかがわせる。

 実際に『都市と都市』そのものをゲームブック化するというのはいろいろ難しいとしても、このアイデアからは生まれるものがありそうなんで、なんらかの形で作品に結実することを期待したい。テキスト面での実験の追加はすでに示されているけれども、フーゴ・ハルさんが実際にやるなら、ビジュアル面でもいろいろ仕掛けがありそうだしね。

(追記 フーゴ・ハルさんとはその後、こんなやり取りをさせていただきました

 えー、個人的にはお勧めの本です。
タグ:ミエヴィル
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posted by すける at 15:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | SF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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