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2012年04月08日

「返辞」と「辞引」

 MS-IMEでは「へんじする」と打っても「返事する」としか変換しない。携帯電話の変換ソフトでもそうなっている。

 幸田文さんは『みそっかす』のなかで「返辞」と書いていて、こちらの表記も辞書にはあるが、あまり使われていないようだ。わたしの感覚ではことばなのだから「返辞」の方が馴染む。とはいえ「かえりごと」なのだから「返事」の方がいいのではないかと言われたら、そうかなあとも思う。まあ、これはどちらを使ってもいいんだろう。
みそっかす (岩波文庫 緑 104-1)
みそっかす (岩波文庫 緑 104-1)

 さて、これに関連してネットを回っていたら、「 教えて!goo」でどうやら外国人の方から「辞引きで引いてみると」という文章の意味が分からないという2010年4月28日付けの質問があった。加えて「辞引き」という言葉も辞書には出ていないのですが、とある。(http://oshiete.goo.ne.jp/qa/5856565.html

 これに対して、同日中に回答が複数寄せられているが、現在最新の回答として表示されているkrya1998氏の文章には、

辞引きって余り聞かないな。
 字引きしか、使っているのをみないな。誤字誤植か、拡大して応用しようかな?座りが落ち着きませんね。
 私が先生か親なら、ばってんをつけますね。
とある。

 自らの経験をもとに正誤を判定するというほどの知識を持つこの人は、相当な読書人でもあろうかと思われる。「私たち図書館のものは」ともおっしゃっているので、さしずめボルヘスのごとき、あるいは「記憶の人、フネス」のごとき人でもあろうか。


「辞引き」などという「座りが落ち着」かない言葉(わたしなら「座りが悪い」とするだろうけれど)を書いた生徒は、バツのついた答案用紙を返されたら恥じ入るべきだろう。



 さて。

 やはり幸田文さんの『みそっかす』のなか、に「みそっかすなんていうことばは、もう無い方がいい。辞引にもない方がいいし」という文章がある。(「みそっかすのことば」1951年)

 直感的に、この用法は少なくとも戦前の文化圏ではまったくないわけではないと思った。ので、調べてみるとあっさり判明。
 ブログ『ことばのメモ帳』の2006年11月19日の記事「辞引」は、石山茂利夫『裏読み深読み国語辞書』やブログのコメント欄などから、「辞引(き)」という言葉が使われた例を挙げている。

井上ひさし『本の枕草紙』
横光利一『御身』
長谷川鑛平『本と校正』
巌谷大四『波の跫音』
金関丈夫『長屋大学』
というところだ。

 さらに青空文庫あたりを掘れば、もっとあるはずだと考えたので、サイト内検索をかけてみたところ、ヒットしたのはこちら。
○中井正一「国立国会図書館」
「個人大福帳的、生辞引的なものから、工場機構ファクトリー・システムに各省も、図書館も変りつつある」
○服部之総「福沢諭吉」
「『西洋事情』は自家政見のための辞引であり、語彙であった」
○岸田國士「春日雑記」
「この春休みに英語の小説を一冊、辞引を引きながら読む人だと云つてゐた」

 さきに名の挙がった横光利一「御身」もある。「俺ちゃんと考えといてやったんだがな。辞引ひっぱったのやろ?」


『裏読み深読み国語辞書』(2001年)の第二章には「『辞引』が辞書に入るまで」という文章があり、『三省堂国語辞典』の四版(1992年)と小学館『日本国語大辞典』の二版(2000-2002年)に「辞引」が採用されるに至った経緯が述べられている。 用例としても萩原延寿や鈴木武樹が新聞や雑誌に寄せた文章がさらに紹介されている。

 それぞれの生年をネットで調べるとこうなる。

岸田國士  1890年
金関丈夫  1897年
横光利一  1898年
中井正一  1900年
服部之総  1901年
幸田文   1904年
長谷川鑛平 1908年
巌谷大四  1915年
萩原延寿  1926年
井上ひさし 1934年
鈴木武樹  1934年

 確認できている限りでは、みな戦前生まれではある。ともあれ、「字引」との使用比率が少なかったとしても「辞引」の用法がなかったというわけでは決してなく、調べれば調べるほど出てくる類のものだろう。

 著者はそれぞれ著名な人物であり、各作品も文庫化されているものも多く手に取りやすいものである。これを目にした事がないというのなら、それは単に浅学を自慢しているだけではないか。

 間違いや勘違いはわたしだってやるし、そもそも辞書の類における「辞引」の採用率はじっさい低かった。しかし、どのような役職かは知らぬが「図書館のもの」という立場で「誤字誤植」ということを軽々しく言うのはいかがなものか。いまなら少し、ほんの少しだけ調べる手間をかければ、これくらい分かることではないか。この程度でレファレンス云々と言われてはどうすればいいのか。
「ばってんをつけます」とあるが、この人物がわたしの親でも先生でもなかったことこそ喜びたい。

裏読み深読み国語辞書
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posted by すける at 21:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 言葉を調べる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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