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2013年03月30日

『鏡の中は日曜日』「樒/榁」殊能将之

*09年8月に別のところに書いた日記を修正した転載です。

『黒い仏』からの流れで、殊能将之『鏡の中は日曜日』読了。

鏡の中は日曜日 (講談社文庫)
鏡の中は日曜日 (講談社文庫)

『黒い仏』とおなじく、これまたメイントリックを知っていたために、ミスリードがどのような経緯で間違った解決に行きつくのかまで読めてしまったのは残念だった。完全にこっちの責任ですが。逆に言うと、間違った条件から導き出される推理としては論理的で自然ということですね。

『ケルベロス第五の首』が元ネタになっていると著者自身が語っているけれど、ここでなにか薀蓄をたれようにも、すでにケルベロスを忘れかけている自分がアホ面下げていて、がっかり。

 第一章では混濁した一人称による語り。第二章では「過去」と現在のパートが交互に展開するのだけれど、この「過去」パートが綾辻行人の館もののパロディになっており…って、わたしは綾辻氏の小説を『殺人鬼』一冊しか読んでいないので(今後も増える可能性ほぼ無し)、このへんをニヤニヤしながら楽しむ素養に欠けていたりする。

「過去」パートで進行していくのは「梵貝荘」で起った殺人事件に居合わせた探偵、水城優臣の推理が犯人を名指しする過程であり、現在パートでは水城の推理が本当に正しかったのかを、14年後に探偵石動戯作が検証するという構成。

 現在パートではこの装飾的な「過去」の描写が徹底的に解体される。舞台として屹立した奇妙な構造の「館」は、当主の跡継ぎによって「不便だから」というしごくまっとうな理屈で実用的なサッシの窓やドアをを取り付けられて、ごく平凡なつくりの邸宅になってしまう。
 しつらえた泉は、水道代の節約のために水を止められて干上がり、ペダントリ合戦を生み出す仕掛けであった書庫の蔵書は、家の改装費と前当主の治療費に化けて、ほとんど売り払われている。

 しかし現在パートの石動は、現在の当主を俗物として軽蔑することもなく、そのような変化を淡々と受け止める。


 他にも「過去」パートでのマラルメの編集した雑誌についてのやり取りが、現在パートにおいて復讐されるなど、「過去」の価値が決定的に解体されていく。また、「過去」パートの文章自体のぎこちなさについて触れている記述もあるのだが、これがどういうことなのかは、ちょっと気の毒な気がするのでまあいいか。わたしが容喙する筋合いではないと思う、たぶん。


 このように、「過去」の権威が次々に地に堕ちていったはてに、現在の名探偵石動戯作は「過去」の名探偵水城優臣の推理の真実性をもまた問うていくのだが…、あとは読んでのお楽しみ。


 あ、なんかわたしにしては珍しくちゃんとネタばれを避けて書けた気がしますよ。どうでしょうか。


 ただ、一番印象に残ったのは推理パートではない、ある人物の、アルツハイマーをわずらっ
た病人を前にした終盤の台詞だったりする。



  (前略)は自分のこめかみを人差し指で叩いて見せた。
  「でも、人間はここだけじゃないよ……」
  手の平が胸と腹と下腹部を順番に押さえ、
  「ここも、ここも、ここも人間なんだ。彼はまだ生きてる。手を握るとまだ温かい。      
  それでいいじゃない」



 ここで、殊能将之が時おり日記で脳科学や臓器移植にからむ脳死問題について言及していることの根拠が了解できた。


 文庫版に並録された中篇クラスの「樒/榁」はある意味、『鏡の中は日曜日』の再話というかボーナストラックというか、そんなもんではないかという気もする。やはり、過去パートと現在パートに分かれるんだけど、その分かれ方はシンプルで混乱させる要素はない。過去はやはり解体されるんだけど、こちらの方はコミカルである。
 また、とりあえず「館もの」というくくりから解放されたこともあってか、過去パートの文体については、遠慮なくぶったぎってある。
 もっともこの辺は愛憎なかばというかんじではないかという気もするし、過去パートに続いておこるはずの『空穂邸事件』だって、ちゃんと読んでみたいけどね。あと、過去パートをいろんな作家に書かせて、現在パートは全部蘇部健一に書かせるというのはどうか、だめか。

 当初単体で出た「樒/榁」をボーナストラックの中篇として収録し、それが本編の読みかたの解説になっているという点では、思緒雄二『送り雛は瑠璃色の』と「夢草枕、歌枕」の関係を想像するかもしれない。しないか、誰も。この中篇が本編を方法的に補完するものだという意識を欠いたまま単体で読むと「なんだこりゃ?」という反応が出てきそうな不幸を共有しそうなところも似ている気もするが、単にわたしが『送り雛は瑠璃色の』と言いたかっただけかという不安もある。

ケルベロス第五の首 (未来の文学)
ケルベロス第五の首 (未来の文学)


タグ:殊能将之
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posted by すける at 19:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | SF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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