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2016年06月29日

『燃える世界』J・G・バラード

『ハイ・ライズ』公開とそれに合わせての原作の創元からの復刊の前に、破滅三部作のうち未読だった『燃える世界』を読みはじめる。

燃える世界 (創元SF文庫)
燃える世界 (創元SF文庫)

 「時間とは川の流れのようなものだ」というよくある言い回しであるけれど、さまざまな時間SFにおいてもこのような観点は承認されてきた。そして、本作において川の存在は時間の観念と直接結びつけられており、旱魃により川が干上がった世界は、川=時間によって支えられてきたさまざまな基準を人間の世界が失った状態だということになる。
 主人公が当初ハウスボートに住んでいて、旱魃以降ハウスボートにあまり帰らなくなるという描写からも、破滅がはじまる前の主人公と世界との関係性をあらわしているだろう。これはダニエル・ストラックが『近代文学の橋 風景描写における隠喩的解釈の可能性』で宮本輝の『泥の河』から水上生活者の世界の中での存在の不安定さを読み取ったところに、とりあえず対応させて読むことができる。だから逆説的ながら世界の変異後にむしろ世界との関係性の再構築の可能性があったとすら。しかしながら、そのような試みは失敗を続けることになるが。

 この作品ではシュールレアリストの画家であるイヴ・タンギーの絵画”jour de lenteur”(緩慢な日)が言及され、最終章の題にも採られているが、バラードの作品は一度頭の中で絵画に変換するとすんなりと頭に入るところがある。
 それにしても、世界の変容と諸個人の関係性は本作においては混じり合いながらも被膜一枚でなお外世界と内世界に弁別できるところがあるのだが、この後の『結晶世界』においては普通ならアナロジーにとどめる現象をそのまま物質的な水準で描くという力業を示して、こんなものを書いてしまったのではもはや「破滅もの」の続きを書くという気にはたしかになるまいと思わざるを得ない。方法論をすさまじい勢いで高めて明確なゴールにたどり着く過程について『沈んだ世界』や『結晶世界』を再読しあらためて考えてみたくなった。
タグ:バラード
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posted by すける at 20:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | SF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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