挑戦者たち
わたしが最初に「読者への挑戦」に触れたのははっきりとは思いだせないが、栗本薫の『鬼面の研究』あたりだったはずだ。「本格」の意匠を借用しながらジャンルへの批評をおこなうという意思はあの作品にもあったと思うが、ともあれやや衒いもふくめた様式美への愛着というものをあのとき見せられたのだ。
「97 不完全な真空」でレーモン・クノー『文体練習』が引き合いに出され、章題はむろんレムの『完全な真空』を想起させることからも分かるように、本書では文体の模倣や過去の様々な作品のパロディを駆使した「読者への挑戦」があらわれる。巻末の引用・参考文献もなかなかの威容だが、参照されている作品はこれだけに収まっているわけではないのだ。次々と繰り出される軽妙なパスティーシュに笑い転げているうちに、切り出された形で提示された「読者への挑戦」から、「読者への挑戦」のミステリにおける意味、あるいは逆に「読者への挑戦」からミステリ総体をとらえかえす機縁もあるかもしれない。「46 分類マニア」「51 これより先、無法地帯」「73 天地無用」といった章はそうした可能性をあらわしている。
また、個別の作品でどうこうというタイプの文章では必ずしもないのだけれど、ノックスの十戒とマザー・グースの合わせ技の「十戒」などは独立した作品としても見事にまとまっている。
装丁も凝っており、価格の設定からすると非常に趣味的な度合いの高い本であるが、著者の不可解なまでの力の入りように感嘆せざるをえない、今年の読書家への贈り物といってよい傑作だろう。
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