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2018年11月10日

『三国志 赤壁伝説』満田剛

 2019年に三国志展が開催されるということでチラシを見てみると、曹操墓はとりあえず確定で、 赤壁はいまだにぼんやりしているというか、場所も中身も実証性という意味ではいまひとつ分らんところの多いやつで、まあここに偽降、連環、火攻、風呼びと虚実のペテン合戦を混ぜ込んで大炎上フィクションのコンボにしたフィクションの力というのはすごいですよというわけで、赤壁の戦いを扱った本書を読む。


 前半では演義をはじめ、わりと最近のマンガ(『BB戦士三国伝 英雄激突編』まで)をも対象として、フィクションでの赤壁の様々な描かれ方を追い、後半で正史の記述をあらためて確認している。 赤壁はやはりフィクション作家の力の見せどころなのだ。

 個人的に興味深かったのは陳舜臣だった。談合・八百長三国志である『秘本三国志』を中学生のころに読んでいたために、ダイジェストだろうかとモチベーションが湧かなかった『諸葛孔明』だが、細かいところで相違もあり、けっこう面白そうで、劉表配下の将であった江夏太守の黄祖にというか、黄祖の敗死後にその将兵を劉gがまとめたことについて特に言及されているという。江夏太守の座が黄祖から劉gに移ったことは長坂での劉備の敗走時の援軍の存在だけでなく、その前の状況で呉の外交政策にも影響を及ぼしているかもしれない。

 黄祖という人は、キレて禰衡を殺すとか、甘寧を冷遇して逃げられるとか、三国志でも器の小さい人上位ランカーと認識されていると思うけれど、孫家三代と20年くらい争いながら江夏を治めてたわけで、改めて考えると無能なわけはないとも。でも、ネットでも黄祖名将論を張る人はそんなにいないのだろうか。

 江夏の支配自体は赤壁後孫権にうつることなるけれど、これら江夏の兵には一定数、劉gの死後に劉備に合流したものもあり、そうした将兵は、劉備の入蜀後にはおそらく関羽の指揮下に入ったのだろうと考えると、赤壁のスパンを超えて呉との駆け引きで無視できない要素になる可能性がある。『諸葛孔明』でも、呉との交渉の際に劉備が江夏兵の存在をちらつかせるという場面があるようだ。

 青州黄巾党の編入が曹操軍にとって一大転機だったことは最近のフィクションでも言及されることが多くなった印象があるが、江夏兵の劉備軍による吸収はさてどうだろうか。なんとなれば、黄祖に仕えてから関羽の死に至るまでの一代記という視点も成立しそうだ。



タグ:三国志
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posted by すける at 12:25 | Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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