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2018年11月11日

『雷子 紺碧の章』クロン

 三国時代を扱った前作『雷子』に続いて、春秋時代主に呉越の抗争を描いた伝奇SLGの第二弾です。わたしは春秋時代は大まかな流れと各エピソードがあまり頭の中で整合されてないのだけれど、このあたりを起源とする故事成語が多いことは分かります。漢文の素養が途切れてしまったという側面はありますが、日本人の教養の礎の一つでしょう。

臥薪嘗胆
死者に鞭打つ
呉越同舟
あるいは「時に范蠡無きにしも非ず」といったような。

 こうした言葉の元になったエピソードがどのように伝奇的な処理をなされたか興味深いところです。ということで、またふりーむからのDLで申し訳ない。


 導入は楚の人伍子胥から、いきなり亡命のシーンなので、ここは歴史を知らないとやや面食らうかも。呉に食い込むなり暗殺を含む不穏な策をめぐらせて、地盤を固めていきます。とにかく感情の量の多い人ですが、なんだかんだで闔閭との関係は安定しているんだよなぁ。とはいえ前作からのプレイだと、いや史実的にもハッピーエンドは期待できない人です。
 天才軍師孫武(孫子)をも迎えた呉は、楚を追い詰め、戦乱に乗じて攻めてきた越をも撃つという形で情勢としてはピークを迎えるところで、ほころびも生じ始めるのが呉編の終わり。越編も勾践が主役というよりは、歯車が狂い始めた伍子胥といっていいでしょう。
 気になるのは干将・莫耶の話に眉間尺を絡めてきたところ。『呉越春秋』では呉王と優れた鍛冶屋の話だけで、復讐譚では設定が呉ではなく楚王の話になるのが一般的なようだけれど、最近の春秋ものの語りではどんなまとめ方がスタンダードなんだろう。呉越での干将・莫耶の話に眉間尺を絡めてきた。『呉越春秋』では呉王と優れた鍛冶屋の話だけで、復讐譚では設定が呉ではなく楚王の話になるのが一般的っぽいけど、最近の春秋ものの語りではどんなまとめ方がスタンダードなんだろ。
 もっとも、この作品では「みけんじゃく」は知られているエピソードとはずいぶん存在のあり方が違うので、決着のつけ方は違うものになるのだろう。雷子では陽剣莫耶も手元に残ったので、これは第四部で黄天化が持つとか?

 最終の紺編は孫武の晩年が定かでないことと孫臏の生まれがはっきりしていないことの合わせ技で、これは読める範囲内だけれど、龐涓が出てきた時点で絶望します。鬼谷子が呉編から登場してたのはこう拾うためかと。この孫臏と龐涓の話に「友達同志」というタイトルをつける佐藤春夫も相当なものだと思います。

 越編は伝奇面でのラストが、歴史改変的な側面の強いほうに傾いていた感がありますが、紺編では、呉編の冒頭に名前だけ出てきただけかと思わせた人物を回収したうえで、あえて物語からはじき出された人物に「この歴史」をつなぐことが託されるという作り方で、全般的に主要人物に救いがないことを補う形になっているのが注目されます。

 個人的には「合わせる顔がない」と顔を布で覆って自死してから、とぼとぼ冥府を歩いてる夫差の、その布を奪って顔を見にくる伍子胥みたいなのをエピローグとかで見てみたかったり、エンディングは超人的な主要キャラを離れた一般人が、船に乗っていて嵐にあう話とかが欲しかったりしましたがそれは私的な要望に過ぎず、スケールの大きなほら話を次につないだ見事な構成にまずは舌を巻くべきでしょう。

 SLGの側面では、当初必殺技がなかった孫武が解放されると、十三篇の孫子に屋上屋とでもいうか、中二だぁという技が炸裂してテンションが上がります。あと、最終ステージのラスボス戦は沈尹戌の必殺技が相性いいですね。あ、この沈尹戌の「狼牙」、ダメージを累積させるには鬼谷子のケアが必須と言えますが、この辺ちゃんとストーリーと連動してるのが地味によくできてるんですよね。SLGのシステムと切り離されてない。

 うーん、鄭問の『東周英雄伝』を読みたくなってきた。復刊しないかな。気が付いてみると春秋戦国に題材を得たエンターテイメントも少し目立ち始めている感じもあり、何とかならないでしょうか。あと、雷子は完結させてください。













タグ:雷子
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posted by すける at 19:05 | Comment(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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