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2019年01月23日

『陋巷に在り』酒見賢一

 我ながら分かりやすいとは思いつつ、結局『雷子』を起点に春秋時代に回って『論語』を写すという展開から『陋巷に在り』をちと読み始める。『墨攻』しか読んでなかったころは酒見賢一についてけっこう手堅いイメージを抱いていたのだけれど、『泣き虫弱虫諸葛孔明』の史料の扱い方はかなり自在なものがあったので、歴史小説には普段あまり心が動かない方なのだけれど続けて。




 本書については呪術大戦だというような評も多いんだけど、1巻のクライマックスは顔回が父親の代わりに下級の士の葬礼を取り仕切るところではないだろうか。
 それにしても孔子は原始的な儒礼が技術として形骸化するとことからの革新を図る人物として描かれているけれど、さてそれ自体の頽落はと問われるのはまだ早いだろうか。エンタメでの天真爛漫な儒教批判については『史記』について書いたときに触れていて、こういう時に儒家を主人公としたエンターテイメントは解毒剤としても価値があるかもしれない。

 小説本編でも書かれていたように、『論語』も対話篇で、Aにはx、Bにはy、両方の問答を聞いたCが言ってること違いませんかと聞いて、「相手によって変えたんだよ」という謎解きをするという親切なエピソードを入れてくれてるのは、これちゃんと手の内見せたから油断するなよということであって、xのまま、あるいはyのままに投げ出されたテキストもある可能性が示されているとすれば、その答えを引き出したのはAだったのかBだったのか、別の誰かだったのかという問いはありうるだろう。
 ここに孔子の弟子がそれぞれ『史記』において伝を立てられることの意味もあるというものであり、そこから本書の主人公、顔回が作家の空想を経て立ち上がってくるということでもある。最後まで楽しみに読んでいきたい。


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posted by すける at 02:15 | Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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