2018年04月23日

『タクシー運転手 約束は海を越えて』チャン・フン監督

 初日、二日目と連続で満席の回を出した『タクシー運転手 約束は海を越えて』をシネマート新宿で。韓国での公開から日本での上映まで時間がかかったので待ってた人も多かっただろうね。





 軍隊が自国民に向けて実弾を撃つ話を、四十年も経っていないところから、よく映像に出来たなという驚きに襲われざるを得ない。そしてこの映画は、戒厳令下の光州へ向かうドイツ人記者を乗せたソウルの運転手(ソン・ガンホ)の物語であると同時にユ・ヘジンらをはじめとする多くの光州に生きたタクシー運転手たちの話でもあったのだ。映画を見た人は、タクシー運転手があんなに勇敢ものなのだろうかという疑問をもつこともあるだろうと思うが、以下の引用を。

「負傷者を病院に輸送中であったタクシー運転手に、空挺隊員は負傷者を下せと命令した。運転手が『貴方も見ての通り、今にも死にそうな人は病院に運ばなくてはならないのではないか』と訴えるや、その空挺隊員は車のガラス窓を壊し、運転手を引きずり出して帯剣で無残にもその腹を刺し、殺してしまった」( 全南社会運動協議会編『全記録 光州蜂起』p.78)
 当該引用の他にも負傷者を助けようとして暴行を受けた運転手が多く(同じように負傷者を搬送しようとしていた警察まで空挺隊に恫喝されたという)、検問の場でも少し不平を言っただけで棍棒で叩かれたとあり、光州のタクシー運転手たちが戒厳令下で同一業種の労働者として不満を高め、連絡を取り合いながら殺害にまで至った事件を契機にして5月20日夜には200台超のタクシーがデモ隊に合流することになる。(同書pp.86-87)

 また、物語上の創作かとも思われた、光州脱出時の検問シーンであるが、@LazyWorkz さんにご教示いただいた映画の考証記事によると、これはドイツ人記者ユルゲン・ヒンツペーターの証言を元にしたものだということであり、ここではそれとの関係は直接語られていないが、やはり考証ページの検問所の項目では現地の郷土師団である第31歩兵師団の徽章を元にしていると言われ、もともと現地出身の兵が多いために、デモに同情的な兵士がいたことがほのめかされることが読めるように出来ている。




 この検証は読みごたえがあり、とりわけ時系列で起こったことを見ると映画がどこを忠実に拾い、やや意地悪な言い方をすればどこを曖昧にしたり踏み込むことを避けたかということもほの見えてくる。


 また映画では触れられてない前史として、光州の大学生が労働者たちに夜間勉強を教える「野火運動」というのが、軍政に対するこの地域での労学戦線に一定の成果をあげてという。これを知ると、やはりソン・ガンホ主演である『弁護人』で、夜間の読書会を開いていた大学生が逮捕され拷問を受けて自白を強要されるシーンの意味が見えてくるところもある。光州事件が80年、『弁護人』のモデルとなった釜林事件が81年であることを見れば、これは地続きのものなのだ。3月にはこの「野火夜学」の実践にも参加した朴暁善の戯曲「クミの五月」もシアタートラムで上演されていたのだが、もっと早く気づいていればと思う。とはいえ5月には何かあるかもという気はするな。

 ソン・ガンホ演じる運転手のキム・マンソプは映画的な庶民像のための架空の人物だが、映画公開後にモデルとなった人物の消息が明らかにされたという。そのくだりについてはここで触れるものではないが、ヒンツペーターの「あなたのタクシーでいまの韓国を見てみたい」という訴えには心を震わせるものがあり、韓国の民主化の過程は決して平坦なものではなく後戻りもあるものであろうとも、自身の手で民主化を求めた歴史は事があれば路上に沸騰する潜勢力をもっているのだと感じさせられる。

 最後はいくらなんでもアクション過多ではという瑕疵はあるものの、リスクの多い現代史の争点を扱ったこの作品が意欲作であることは疑いなく、関わった人々すべてに称賛の意を示したい。


弁護人 [DVD]

沸点 ソウル・オン・ザ・ストリート
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全記録光州蜂起―80年5月 虐殺と民衆抗争の十日間
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増補 光州事件で読む現代韓国
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posted by すける at 20:45 | Comment(0) | 映画・演劇・ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月22日

『るろうに剣心』(京都大火編 / 伝説の最期編)大友啓史監督

 遅ればせながら、TLで評判の良かった実写版『るろうに剣心』見ました。聞いていたとおりなかなか見どころのある殺陣を見せてもらいましたが、アクション監督を谷垣健治氏が務めていたということで納得の出来栄えです。

るろうに剣心 京都大火編 通常版 [DVD]
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 ストーリー面からみると四乃森蒼紫という人物の行動が、上映時間との兼合いで無茶ではた迷惑なんだけれど、それでは映画から外せばいいのかというと、修羅場に営業電話をかけて来るような迷惑の極みの押しかけバトル、翁との対戦で見せる伊勢谷友介の二刀を使った殺陣が全編を通じたベストバウト級で、特に決着のシーンは、歎声が漏れるほどという、うーん、バランスが。過去から現在への切断、かつての政治的な立ち位置も含めて、主人公との思想的な対立軸が志々雄の他に複数必要であるというのも分かるしなぁ。

 好きという意味では大火編の最後に剣心が一人で煉獄に乗り込んで、十本刀と乱戦に入るシーンですね。佐渡島方治が人質を海に蹴り込んで中断させてしまうんですが余計なことすんな、もっと見せてくれよという。大火編の中盤、張戦での殺陣であれだけで来たので、他の十本刀にもそれぞれ見せ場をと思うものの、同じだけ全員に振るのは時間的に無理だったかなと思っていたら、本条鎌足役の屋敷紘子さんのインタビューでは「実はそれぞれの役に立ち廻りのシーンがリハーサルも含めてあったんです」と。キャストの当て方は、殺陣を振られても十分にこなせそうな人を想定していたようなので、この辺はちょっと残念ですね。屋敷紘子さんは前掲リンクからたどって読めるインタビューもすべて興味深く、スタッフ・キャスト含めて東アジアのアクション映画につながる視野も入ってきます。こういう信頼できる人を固めるポジションに回すというのはよく分かります。

 時間的な制約で緩急つけづらいとこで、登場人物ほぼ全員が常時緊張状態にあるようなところは見ていて少ししんどく感じたのですが、瀬田宗次郎を演じた神木隆之介が力を抜いた片足のステップでリズムを取りながら見せる殺陣で主人公の剣を折るあたり、雰囲気の違いも含めていいコントラストになっておりなかなかのものでした。あれが力抜けてるのは(二重の意味で)演技なわけでもありますが。
 もったいないのは、やはり志々雄側の人間関係が単純化されてしまったせいで、魚沼宇水や悠久山安慈といった人たちが主体的に主人公側と対立するロジックを持てず、小ボス的な形で姿を消さざるを得なかったところでしょうか。時間とスケジュールがあれば殺陣も含めて彼らにより厚みのある見せ場があったんだろうなと。

 最後の敬礼は、主人公側もまとめて全員沈めても成立する、いや沈めてこそ成立するようなもので、決して感動的なシーンではないということが分かるように、ちぐはぐな雰囲気が意図的に描かれています。方治は乱戦過程で途中退場するわけですが、組織としての実態を失ってしまったがゆえに「理想の志々雄真実」の理念そのものと化して法廷闘争を行うべく決意を固めた方治に、拘束されるやいなや持ちかけられる裏取引というシーンがあると、敬礼の意味がより鮮明になるかとも思いますが、その辺は自分で補完しました。

『十三人の刺客』でも感じたんですが、場所さえ与えられればけっこう殺陣を出来る人はいるんだというのがあらためて確認できる意外な収穫でした。






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posted by すける at 22:52 | Comment(0) | 映画・演劇・ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月29日

『グロリア 』 ジョン・カサヴェテス監督

『午前十時の映画祭』のラインナップに入ったことで、定期的に話題になる『グロリア』をスクリーンで見ることが出来ました。まずは企画に感謝。

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 いや、パッケージがすべてをあらわしていると言えて、ギャングの抗争に巻き込まれた少年を、やや中年も過ぎつつあるかという女性が銃を取って守るという、一点に魅力が凝縮されています。逃走用に銀行で金をおろすときに口座を聞かれて「貸金庫」というあたりにグロリアという人物が送ってきた生活を一発で理解させる演出にもしびれるものがあるのですが。
 監視してるマフィアの手下に一度目の取引を持ちかけて、ボスに報・連・相してからじゃないと決められないと返された時に浴びせる痛罵が、失敗も後悔もあれ自分で自分の人生を自分で決めてきたグロリアの矜持を明らかにする素晴らしいシーンで、あの場面でのジーナ・ローランズの表情はぜひ見ていただきたいのだけれども、そんな彼女も「組織(システム)は無敵だ」と慨嘆せざるをえない。そのような認識をかかえた上で、なおシステムに対してひとり抗うグロリアの姿が描かれたのが1980年であるというのは、暗示的でもあります。

 ラストシーンについてはいろいろと解釈がありますが、むしろ一回目の墓地のシーンでの会話で決定的な水準の内容が描かれている気もします。個別の死者、個別の墓地ではなく、ある種普遍的な死者と生者が交わる場所。それにしても、ブロンクスの汚れた町と、静謐な墓地の対照、アクションの合間に込められた絶妙な演出と、長い生命力を持つ映画だと納得させられます。
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posted by すける at 11:07 | Comment(0) | 映画・演劇・ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする