2016年11月17日

『カムパネルラ』山田正紀

『銀河鉄道の夜』が改稿によってバージョンに大きく違いがあることは知識としてあったが、本書ではその不安定さをめぐって闘争が行われている。巻頭の宮沢賢治についての注釈はよく読んでおこう。自分がいる世界と主人公の世界との関りが見えてくるはずだ。

カムパネルラ (創元日本SF叢書)
カムパネルラ (創元日本SF叢書)

 本書は直接的には『銀河鉄道の夜』をめぐる謎を扱っているものだけれど、「マッカーサーを射った男」あたりを起点にしつつ『ミステリ・オペラ』に至る、山田正紀歴史修正(への抵抗)ものの系譜としても読める。やはり最近の呪師霊太郎の短編集である『屍人の時代』に歴史修正主義的な欲望と対峙することを期待していたのだが、それはむしろこちらの方で叶えられたかもしれない。また連載時の構想では黙忌一郎ものとなる構想があったようだけれども、たしかにこの作品には『ファイナル・オペラ』とも共振しているところがあるように思える。ともあれスターシステムを使わずとも主題的な形で世界が折り重なることができるのが山田正紀の強さであるのはここのところとりわけ感じることができるのだ。

 語りにも仕掛けとなっている部分があり、主人公である「ぼく」とジョバンニの関係はあいまいながらも一応は等号で結ばれ、物語は「ぼく」の一人称で続くのだが、ある時点でジョバンニは三人称視点から「ジョバンニ」として描写されることになる。おそらく264ぺーじあたりに起点があり、269ページではっきりと確認できるように書いてある。この仕掛けを通じて逆襲はなされるので、この変化には気づいておきたいところだ。

 帯ではジョバンニがカムパネルラを殺したことを疑わせるようなセリフがややセンセーショナルに示されている。この疑いが本書の中でどのように扱われるかは直接読んで確かめてほしいが、これは、別役実が「ジョバンニがザネリを川に突き落とした」ことがあってしかるべき事件だった(が無かった)と述べていることと合わせて読めばより豊穣になるはずのことだろう。別役説を取ればジョバンニは間接的にカムパネルラを殺し、カムパネルラはザネリを溺死から救うことで間接的にジョバンニを殺人の罪から救っている。考えてみれば星の授業のシーン、ジョバンニが教師の質問に答えられない状況を見て、カムパネルラも特に説明もせず彼には答えられるはずの答えを黙っているところから、カムパネルラが示す救援のありかたは解釈が必要な迂遠な回路を通っている。彼の救い方とはそういうものなのだ。そして杉井ギサブロー・別役実版の映画では授業の場面でのカムパネルラのふるまいに解釈を示すのはザネリである。そのうえで、カムパネルラとは誰なのかという問いがあらためて立ち上がってくるのだ。



 ラストはダクトの中を潜り抜けるという初期作品から山田作品に反復されるイメージを経由して、閉塞した空間からのわずかな抵抗が啓かれる。その試みは成功したのだろうか。読後、書棚から『銀河鉄道の夜』を取り出し、この形で自分の手元にあることの意味を感じたくなるはずだ。

銀河鉄道の夜 他十四篇 (岩波文庫 緑76-3)
銀河鉄道の夜 他十四篇 (岩波文庫 緑76-3)

イーハトーボゆき軽便鉄道 (白水uブックス)
イーハトーボゆき軽便鉄道 (白水uブックス)

ファイナル・オペラ (ミステリ・ワールド)
ファイナル・オペラ (ミステリ・ワールド)

屍人の時代 (ハルキ文庫 や 2-29)
屍人の時代 (ハルキ文庫 や 2-29)

銀河鉄道の夜 [DVD]
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posted by すける at 14:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | SF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月02日

『死の鳥』ハーラン・エリスン

 ハーラン・エリスンの日本における短編集の二冊目である。まだ二冊目なのかと思うけれども、一方では仕方ないのだと思うところもないでもないかもしれない。すべての作品は既訳があり、これならもっと早く出ていても良かったのではないかと思うけれども、一方では仕方ないのだと思うところもないでもないかもしれない。実際にはいつかは出るかもしれないが、それが自分が生きているときではないのではないかくらいには考えていたのではないだろうか。しかし、ここに刊行されたのである、本当に。

死の鳥 (ハヤカワ文庫SF)
死の鳥 (ハヤカワ文庫SF)

 アンソロジーなどで既訳をそれなりに読んでいるので、初読のものを。
「竜討つものにまぼろしを」は今あらためて読まれることでより強いカウンターとしての効果がにじみ出る作品であり、現実を愛せなかったものが幻想のなかではたして本当に愛や勇気を見つけることが出来るのかと問いかけてくる。
「北緯38度54分、西経77度0分13秒 ランゲルハンス島沖を漂流中」という強烈なタイトルの短編は、登場人物の配置などにスチームパンク的に現代風の想像力を見せる出だしから『ミクロの決死圏』的人体探検の旅へ……と思いきや肉体の中が内的世界を映しだすという展開を見せてくれる。表題作は世界の始まりから終わりまでのスケールと非常に個人的な出来事を並行し重ね合わせながら描いて傑作。やはりこの時期にSFは自分たちがSFを書いていることの意味を集中的にあらためて発見しつつあったということを感じさせ、ディレイニーのエンパイア・スターなども想起させられる。

「『悔い改めよ、ハーレクィン! 』とチクタクマンはいった」や「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」といった代表作クラスの短編(これらが個人短編集に入っていなかったとは!)をまとめて読むことで、詞を変え曲を変えながらも、エリスンはやはりただひとつの歌を歌い続けているのだと思わされる。世界に対峙する実存と言いたくなるのだ。豊浦志朗を少し変えて言うならば、敗れた犬の牙のブルース、と。こうした抵抗者の視点と「ジェフティは五つ」ではっきりと提示されたノスタルジーは、はっきりと反時代的であり、そしてそれゆえにエリスンの短編は忘れられたり再発見されたりしつつも永続的な生命を持つことだろう。そしてすでに失ってしまったものを守って施しも拒否して孤独に暴力と戦うとショッピングバッグレディの物語「ソフト・モンキー」によって本書は締めくくられるのだ。

世界の中心で愛を叫んだけもの (ハヤカワ文庫 SF エ 4-1)
世界の中心で愛を叫んだけもの (ハヤカワ文庫 SF エ 4-1)
タグ:エリスン
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posted by すける at 15:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | SF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月17日

『ハイ・ライズ』J・G・バラード

 自給自足すら可能な(巨大なシステムに繋がれているということが前提だけれど)四十階建てのタワーマンション内で暮らす、まずは中流以上の階層の人々の間で繰り広げられる「階間闘争」を描くテクノロジー三部作の一冊。八月公開の映画『ハイ・ライズ』に合わせて、以前早川から出ていた作品の創元からの復刊。訳は新訳ではなく、若干手直ししたものだという。なおあいだのナカグロは早川版ではハイフンだったことに注意を。

ハイ・ライズ (創元SF文庫)
ハイ・ライズ (創元SF文庫)

 このような題材ではついついいかめしく現代社会の病理について云々してみたくもなるけれど、タワーマンションに住む人々の階層間の意識については、「タワーマンションの低層階に住むとかぁ」という島崎某氏の発言とか、高層階かから降りてくるエレベーターは、止めずに見送るローカルマナーとか、こんな序列を内面化せんとあかんのかという日常的にげんなりするレベルで起こっているもののようだ。本書でもエレベーターの使用や管理をめぐる闘争はひとつの焦点だったことは面白い。

 渡邊利道氏は解説で各階層を代表する視点人物について「キャラクター付けがそれぞれきわめて明快で、いささか図式的すぎるくらい」と評しているとおり、上層階の人物ロイヤル(Royal)と下層階の人物(Wilder)ワイルダーの姓は、彼らのマンションにおける位置づけをはっきりとあらわしている。もちろん自覚的に提示された図式というものは欠点ではない。とりわけロイヤルの建築家という職業は、空間を構築する意志の形象化として注目されるだろう。こうした二人の対決が物語を動かしていくが、この対立が結末までを支配できるのかというのは読んでのお楽しみである。

 高級タワーマンションの住人たちが抗争の過程でやたら小便をぶちまけたり壁を汚物まみれにしたりするシーンも目立つのだけれど、あれはマーキングなのだろう。本書では臭いに関する描写も多い。テクノロジーの支配する空間で原始的なレベルのなわばりのしるしづけが横行するという逆転がそこには示される。
 マンションがいまだ空の人造湖に面しているのも何重にも象徴的で、『燃える世界』では水とは時間の隠喩だったわけだが、ここでもそれは干上がっており、しかもそれは人工的に用意されたものであるにもかかわらず、なのだ。

 高層建築物(『狂風世界』)や荒廃した世界の動物園(『燃える世界』)といった初期作品の要素と、飽和した消費社会の上層階級による暴力の行使という『殺す』を先駆とする後期作品のモチーフをつなぐこの作品はバラードの中期作品として見通しがよく、他の長編群を読むたびにあらためて参照されることになるはずだ。ということでこれでテクノロジー三部作を全部読めた。『クラッシュ』と『ハイ・ライズ』は創元の復刊からなので、ほんと創元さまさまである。

ハイ・ライズ[DVD]
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タグ:バラード
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posted by すける at 17:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | SF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする