2016年03月29日

『アメリカ最後の実験』宮内悠介

 謎めいた音楽学院への入学に挑むジャズ・ミュージシャンの青年を描いた宮内悠介の長編第二作。

アメリカ最後の実験
アメリカ最後の実験

 わたしのような読者にとってはなんといっても第四章「ソドムの真ん中の清教徒」にこの作品の核心的な議論が集中していて面白かった。「もはや性にも暴力にも動かされない世界」の純粋な形態を先取するために無意識≠夢を奪われた土地という設定はバラードの後期三部作のさらに「後」の問題意識を「ヴァーミリオン・サンズ」の世界に差し戻しているようにも見える。人が夢を見ない状況においては無意識との接点が失われ、芸術が介入する余地のない世界があらわれることが示唆されているのだ。

 一方では主人公である脩の、入学試験はかれの鏡像でもあるリロイという人物との対決も迎えてこちらも緊迫する。脩は「音楽に心はなく、ゲームに過ぎない」と考えているが、一方のリロイもまた後の章で「音楽は人間に対するハッキングだ」と言明しており、その把握の仕方は著しく相似している。ただ脩には音楽によって人間を操作対象に出来るという事実の認識と、そのようにたやすく人間が操作対象になるという事実、音楽がそのための道具にすぎないという事実に対する苛立ちもまた共存し、それは彼の音楽の原体験である父を失踪により失った母のために聞かせたピアノの演奏により規定されている。
 母は脩に「優しい子だ」と言ったが、それは既知の反射の束を適切な順序で並べたものに過ぎないのではないか。この二人の対決は、二つの排他的な立場の対決というよりは、音楽へ向かい合うひとつの姿勢の成熟の過程でもあるだろう。

 そして、試験の最中に殺人事件までもが起こる(この章は読み返してみると、ものすごい盛りだくさんだ)が、ここにあらてめて後期バラード的な暴力が浮上し、「ヴァーミリオン・サンズ」的な芸術家が、この暴力と世界の前提を共有しながらもどのような対応を提示していくのかということが長編のラストへと引っ張っていくことになる。ラストはやや駆け足であるようにも思えるが、日本SFでは近年見なかった実存派とも言える問題意識の提示に喜びを覚えた。

 ずいぶんとバラードにからめて書いてしまったが、著者自身が前作の長編である『エクソダス症候群』についてのインタビューで「後期バラード問題」について触れていることはWEBきららなどで読める(http://www.quilala.jp/pc/fbs/pickup_interview15_08.html)。この作品が『エクソダス症候群』とある意味双子のような作品であることは、未読であるが分かる。読まないといけないだろうな。
タグ:宮内悠介
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2015年07月30日

『寄港地のない船』ブライアン・オールディス

 1958年に刊行されたオールディスの処女長編の翻訳が突如として刊行。復刊ではなく初訳です、すげえ。

寄港地のない船 (竹書房文庫)
寄港地のない船 (竹書房文庫)

 なんらかの事故によってダメージを受け、集団的な記憶のかなりの部分を失い、いまは退行した社会に分散して暮らしている世代宇宙船という環境を描いており、船尾に暮らす主人公が事件に巻き込まれながら〈前部〉を目指していく過程で失われた知識を学んでいくという形で話は進行していく。

 恒星間飛行の世代宇宙船という科学技術の結晶と、退化した船内に繁茂する植物というミスマッチの妙味はたしかにのちに『地球の長い午後』を書く作家になるよなぁと納得させられる。さらに世代宇宙船に対する思い込みを逆手に取ったトリックがあって、これには素直に引っ掛かってしまった。
 サンリオの『最新版SFガイドマップ 作家名鑑編』でSFミステリと言われてるように、本書ではけっこうトリッキーな要素が多い。終盤に明かされる事実にも、丁寧に伏線をはってあり、作中であらためて言及された箇所以外にも、暫定的な解として示されたものに、(別の可能性があるんじゃ?) という読みから予測出来るものが結果として当たっていたりと、この辺は手堅い書き方をしている。

 一方では船内に根を張るポニックという植物の生態系に関する記述はそれほど多くはなく、登場人物たちにとっての障害物としてしかあらわれていないことはややもったいなくも思う。変化した環境と、その中にある生命群の動的な関係といった描写は、その後の作品を待つ必要があるだろう。また、登場人物の思考の基盤がさまざまな変化を経たのちにも最終的には地球に据えられているあたりが興味深かった。

 ともあれ、これほどストレートなSFを映画原作というわけでもないのに文庫で刊行してくれた竹書房には本当に感謝したい。あと、400ページ近くあって900円(プラス消費税)というのも、いまどきなかなか頑張ってくれてるか価格設定ではないかな。『A.I.』の映画化にからめて短編集『スーパートイズ』なども過去に出してくれていたという実績もあるので、オールディスといえば竹書房みたいな感じで今後もお願いしたいものだ。

 執筆年はずいぶん開いているけれど、ケン・リュウの短編「波」から世代宇宙船というやや懐かしい題材を続けて読めたことは嬉しかった。このテーマの古典、ハインラインの『宇宙の孤児』をじつは読んでいなかった気がするので、そちらの方にも手を回したくなっってしまった。そして『地球の長い午後』も、あらためて、ね。

地球の長い午後 (ハヤカワ文庫 SF 224)
地球の長い午後 (ハヤカワ文庫 SF 224)

スーパートイズ
スーパートイズ
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2015年07月13日

『紙の動物園』ケン・リュウ

 ヒューゴー賞・ネビュラ賞受賞作を含む日本オリジナルの初短編集。

紙の動物園 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
紙の動物園 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 ヒューゴー、ネビュラの受賞作である表題作のみすでにSFMで読んでいたけれど、その他の作品は未読。その表題作は巻頭に配されていて、ケン・リュウという作家の一般的な印象を決めるのはやはりこれになるだろう。
 作品にはいくつか共通する傾向が見られる。様々な「書かれたもの」に対するアプローチが背骨としてあって、英語以外の文字としての漢字から、さらに文字表記を離れた「結縄」や「選抜宇宙種族の本作り習性」のような作品まで、ひとつの視点として貫かれている。「もののあはれ」の囲碁もそういう役割を果たしているはず。

 「太平洋横断海底トンネル小史」、改変歴史として面白いのは、フーヴァーの時代にトンネル工事が起こったため、ケインズ理論に基づく経済政策の採用が大恐慌を克服し、四選するもとになるというくだり。実際にはケインズ的な政策は、一期務めたフーヴァーを次の選挙で破ったルーズベルトのニューディールとして実現するのだけれど、作中では先取したフーヴァーがルーズベルトの功績を奪い、ルーズベルト分の三期(彼は四選するが、四期に入ってすぐ病死する)を奪うという形になる。
 そういう意味では裏返しになったルーズベルトSFとも言えるのでは。ルーズベルトのアメリカというのは拘束力が強いので、改変歴史として興趣を出すには、ルーズベルトを(選挙で)消すというのは考えやすい。ハインラインがルーズベルトが負けた世界の小説を構想していたっぽいことは前にも書いた。 「一九三六年に、ランドンがルーズベルトを敗った世界のことを書いているんです」(http://sukeru.seesaa.net/article/304437941.html

 「月へ」はそれほど評価されていないように見えるけれど、あれは政治的寓話かと思ったら、政治的寓話についての物語だったという批評性の高い作品で、このあとにあらためて表題作を読み直すとすこしその印象が違ってくる気がする。

「円弧」では宙吊りにされた永遠の可能性と、それにともなう選択という決断の喪失が描かれている。わたしの考えるSFとは「反実存主義」と、それに向かい合う実存という振幅のなかにあるのだけれど、あらためてそれを意識させる短編だった。
「波」は訳者あとがきで「円弧」の「地球篇」に対して「宇宙篇」として対になるような作品と書かれており、実際同じテクノロジーが(途中まで)扱われていると思われる。世代宇宙船という要素を冷たい方程式のなかに投げ入れるというアイデアがメインかと思ったけれど、さらに送り出したあとの地球での技術発展というよく取り上げられるジレンマを利用して、そのタイムラグから『スキズマトリックス』的な構図を提示し(方向性についてはわりと一瞬で片が付く)なおも存在の階梯を上がりながら創世神話を更新していくという、これはなかなかよくできたつくりではないだろうか。最初はワンアイデアで、惑星に到着するくらいの古風な話で終わる話かと思ったがまるで違って、思わぬ跳躍をしかけてきた。集中一番好きな作品である。このような思いがけぬリズムの変化は巻末の「良い狩りを」にも見られる。

 全体的に宇宙ものの古典からイーガン、テッド・チャンまでSFの固い地盤をよく知悉した筆の運びであり、その上で出自から来るアジアの文化を用いた視点などから変化をつけて読ませてくれ、総じて質の高い短編集になっている。
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