2015年06月26日

『ヴァルカンの鉄鎚』フィリップ・K・ディック

 ついに来た。ディックの長編SF最後の未訳だった作品がこのたび刊行。

ヴァルカンの鉄鎚 (創元SF文庫)
ヴァルカンの鉄鎚 (創元SF文庫)

 基本的にはエースダブルで書き飛ばされた作品であり、深みのある傑作とはいえないもののコンピュータによって支配された世界での反抗をめぐるエンターテイメントとしてのスピード感は十分にある。そして、この方面でのディックの能力は実のところ高いので、案外安心して読めるつくりになっている。

 機械と人間性との対立はディックの終生のテーマとなるものだけれど、ここではそのような対立を倫理的な課題として担うような人物像を描き切れているとは言えないだろう。それでも中盤以降の展開では捻った展開を見せて、最初に提示されていた構図とは別の機械‐人間の関係が明かされていくという形になっている。ラッダイト的宗教運動の祖であり、もとは電気技師であるフィールズと、物語における主要な敵である巨大コンピュータ〈ヴァルカン3号〉のひとつ前のバージョンである〈ヴァルカン2号〉などは機会さえあればより複雑な性格としてありえただろう。

 終盤にテクノクラートと手を動かして具体的にものを作る人間との対比が語られて、これはディックの重要な作品群と重なるのだけれども、本作ではフランク・フリンクやメアリー・アン・ドミニクのように具体的に対応する人物がいないことがやや弱い。機械の生産と人間の生産の対比という意味では、本作よりも早く書かれた短編「くずれてしまえ」のような形ですでに結晶しているわけだけれど。

 またこの作品は滝本誠氏が冒頭部分を『バルーン』に連載していたことが知られているが、Cafe Live Wireでのイベント「『PKD総選挙』あとの祭り!The 開票分析」での滝本氏のトークで翻訳を受ける経緯が語られたのだった。これはみのり書房マニア的にもけっこう大きい話だと思うんだよね。

タグ:ディック
web拍手 by FC2
posted by すける at 22:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | SF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月16日

『泰平ヨンの未来学会議』スタニスワフ・レム

 集英社ワールドSFで刊行されていたレムの長編が、映画『コングレス未来会議』の原作となったことで早川から復刊。

泰平ヨンの未来学会議〔改訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)
泰平ヨンの未来学会議〔改訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)

 上水道に麻薬が混入されて対照的な政治的な立場のグループがからまりあう序盤の狂騒的なドタバタはウィリアム・テン「レモン緑とスパゲッティー音声とダイナマイト・ドリブルの一日 」を思わせるけれど、ここから場面転換で雰囲気が大きく変わる。こういうやり方はしばしばご都合主義的だったり、木に竹を接いだ感が出てしまいがちだけれど、本作にそういうものがないのは、前段で起こったことが後段の思索の前提になっているからで、これは伏線というよりは、やや古いかもしれないがやはり外挿と言いたい。


 本書の刊行は71年で、いまは見えづらいかもしれないけれど、この時期をはさんで人口問題に絡んだSFはけっこう出ている。パッと思いつくだけでもバラード「至福一兆」が61年、ハリスン『人間がいっぱい』66年、ブラナー『ザンジバーに立つ』が68年、ディッシュ『334』がまとめられたのが72年。もちろんアプローチの仕方はそれぞれで、食料供給といった直接的な生存にかかわるテーマもあれば空間的な閉塞とそれによる精神の変容という方向性もある。
 本書はそちらを縦軸にしながら、言葉遊びから社会の変化を予見するというほら話や、八百長と汚職により結果としてデタントが実現するというブラックジョークを詰め込んだ怪作となっている。

 また、映画化作品である『コングレス未来会議』は表面上の設定はずいぶん改変されているものの世評が高いのは、レムの作品の本質的なテーマをこそつかんでいるからなのだろう。日本での公開間近なこちらも楽しみであり、『神々のたそがれ』に続いてロシア・東欧圏の作品を原作とする映画が楽しめるのはありがたいことだ。
タグ:レム
web拍手 by FC2
posted by すける at 16:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | SF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月21日

『完璧な夏の日』ラヴィ・ティドハー

 超能力者が生まれた並行世界から二〇世紀を問い直すという形式にはやはりワイルド・カードを想起してしまう。とりわけ「証人」あたり。「神々のたそがれ」を見てきた流れで「スーパーマンはつらい」とも言いたくなるが、それはシオドア・コグスウェル。

完璧な夏の日〈上〉 (創元SF文庫)
完璧な夏の日〈上〉 (創元SF文庫)

  霧が夏を求める話から、一度霧を退場させ、忘却が霧を思う話になるあたりが面白い。たぶんあまりにも当たり前すぎるのであまり言及している人を見かけないのだが、やはりあれは「夏への扉」なのだろう。

 語り手に一人称単数でも三人称でもなく一人称複数を用いたことも、物語の距離感をはかる上で非常に効果的になっている。大戦という人類を巻き込んだ惨禍とティドハーという作家の個人的なモチーフがからまった上での考え抜かれた選択だろう。こうした語りが時間を前後しながら、歴史における各点を観測していくという構成に、わたしとさほど年の変わらぬ作家が直接は知らぬ戦争にアプローチしていくありかたとして非常に興味をひかれる。

 個人的には「ジャングル・フィーバー」の章のベトナム戦争に関わるラオス空襲周辺の描写、タイの空港の事務所でラジオからジェファーソン・エアプレイン「ホワイト・ラビット」がかかるシーンにおいて何人か職員がマリファナを吸っているという使い方が気になるところでもあった。「ホワイト・ラビット」は『不思議の国のアリス』についての歌詞がドラッグの暗喩となっているという解釈が一般化していて、『プラトーン』で使われてたのもそういう文脈から来ているはずで、BGMとしてピタリとはまっている。ここからモンキーズ、ビートルズと流れるのはベトナム戦争映画の定型を踏まえている気がして、この章でサントラが作れそうだなと考えたり。

 ティドハーはブックマン秘史にやや疑問符をつけたのだけれど、これは構成がしっかりしており文章も緩まず面白かった。本書はガーディアンで2013年度のベストSF賞を受賞したということだが、これはガーディアンの見識というものでもあろう。


完璧な夏の日〈下〉 (創元SF文庫)
完璧な夏の日〈下〉 (創元SF文庫)
web拍手 by FC2
posted by すける at 07:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | SF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする