2015年06月16日

『泰平ヨンの未来学会議』スタニスワフ・レム

 集英社ワールドSFで刊行されていたレムの長編が、映画『コングレス未来会議』の原作となったことで早川から復刊。

泰平ヨンの未来学会議〔改訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)
泰平ヨンの未来学会議〔改訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)

 上水道に麻薬が混入されて対照的な政治的な立場のグループがからまりあう序盤の狂騒的なドタバタはウィリアム・テン「レモン緑とスパゲッティー音声とダイナマイト・ドリブルの一日 」を思わせるけれど、ここから場面転換で雰囲気が大きく変わる。こういうやり方はしばしばご都合主義的だったり、木に竹を接いだ感が出てしまいがちだけれど、本作にそういうものがないのは、前段で起こったことが後段の思索の前提になっているからで、これは伏線というよりは、やや古いかもしれないがやはり外挿と言いたい。


 本書の刊行は71年で、いまは見えづらいかもしれないけれど、この時期をはさんで人口問題に絡んだSFはけっこう出ている。パッと思いつくだけでもバラード「至福一兆」が61年、ハリスン『人間がいっぱい』66年、ブラナー『ザンジバーに立つ』が68年、ディッシュ『334』がまとめられたのが72年。もちろんアプローチの仕方はそれぞれで、食料供給といった直接的な生存にかかわるテーマもあれば空間的な閉塞とそれによる精神の変容という方向性もある。
 本書はそちらを縦軸にしながら、言葉遊びから社会の変化を予見するというほら話や、八百長と汚職により結果としてデタントが実現するというブラックジョークを詰め込んだ怪作となっている。

 また、映画化作品である『コングレス未来会議』は表面上の設定はずいぶん改変されているものの世評が高いのは、レムの作品の本質的なテーマをこそつかんでいるからなのだろう。日本での公開間近なこちらも楽しみであり、『神々のたそがれ』に続いてロシア・東欧圏の作品を原作とする映画が楽しめるのはありがたいことだ。
タグ:レム
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2015年04月21日

『完璧な夏の日』ラヴィ・ティドハー

 超能力者が生まれた並行世界から二〇世紀を問い直すという形式にはやはりワイルド・カードを想起してしまう。とりわけ「証人」あたり。「神々のたそがれ」を見てきた流れで「スーパーマンはつらい」とも言いたくなるが、それはシオドア・コグスウェル。

完璧な夏の日〈上〉 (創元SF文庫)
完璧な夏の日〈上〉 (創元SF文庫)

  霧が夏を求める話から、一度霧を退場させ、忘却が霧を思う話になるあたりが面白い。たぶんあまりにも当たり前すぎるのであまり言及している人を見かけないのだが、やはりあれは「夏への扉」なのだろう。

 語り手に一人称単数でも三人称でもなく一人称複数を用いたことも、物語の距離感をはかる上で非常に効果的になっている。大戦という人類を巻き込んだ惨禍とティドハーという作家の個人的なモチーフがからまった上での考え抜かれた選択だろう。こうした語りが時間を前後しながら、歴史における各点を観測していくという構成に、わたしとさほど年の変わらぬ作家が直接は知らぬ戦争にアプローチしていくありかたとして非常に興味をひかれる。

 個人的には「ジャングル・フィーバー」の章のベトナム戦争に関わるラオス空襲周辺の描写、タイの空港の事務所でラジオからジェファーソン・エアプレイン「ホワイト・ラビット」がかかるシーンにおいて何人か職員がマリファナを吸っているという使い方が気になるところでもあった。「ホワイト・ラビット」は『不思議の国のアリス』についての歌詞がドラッグの暗喩となっているという解釈が一般化していて、『プラトーン』で使われてたのもそういう文脈から来ているはずで、BGMとしてピタリとはまっている。ここからモンキーズ、ビートルズと流れるのはベトナム戦争映画の定型を踏まえている気がして、この章でサントラが作れそうだなと考えたり。

 ティドハーはブックマン秘史にやや疑問符をつけたのだけれど、これは構成がしっかりしており文章も緩まず面白かった。本書はガーディアンで2013年度のベストSF賞を受賞したということだが、これはガーディアンの見識というものでもあろう。


完璧な夏の日〈下〉 (創元SF文庫)
完璧な夏の日〈下〉 (創元SF文庫)
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2015年02月16日

『スペース・マシン』クリストファー・プリースト

 プリーストによるウェルズ・パスティーシュ。

スペース・マシン (創元SF文庫)
スペース・マシン (創元SF文庫)

 時間を空間化することによって、空間の中を移動するように時間を移動することができる機械があるなら、その機械は空間だって移動するだろうという逆転の発想がSFとしてのアイデアの肝となっている。

『宇宙戦争』から引かれた線である「火星人」(かっこに入れときます)のイギリス各地に対する襲撃場面の描写は、ウェルズオリジナルの時点では純然たる空想の産物だったはずだが、パスティーシュとして1976年に書かれた本作を読むと、プリーストが他の作品でも舞台として扱っているロンドン大空襲が反映されてもいるのだろうかと思ってしまうあたり、読者の受け取り方の問題として面白いものがある。

 ちょっと訳者解説に難があって、科学と人間性の相克に対する批評性をプリーストの作品のみに帰しており、原型であるウェルズについては単純な楽観的な科学観の持ち主だったとしているのだが、本書の原型となっている『タイム・マシン』や『モロー博士の島』がそのような単純な楽観論を掲げていることがないのは読んでいれば分かるはずではないだろうか。「火星人」の襲撃が頓挫する経緯についてもウェルズの作品に触れておらずプリーストの独創性であるかのように書かれているあたりも疑問がある。復刊に当たって解説を変えるかあるいは追加した方がよかったのではないかと思える。
 文明批評としての方法はそもそもウェルズにあり、本作は『タイム・マシン』の方法を『宇宙戦争』に適用したと考える方がよいだろう。それにしても原火星人の反乱はどうなっちゃったんだろうね。

タイム・マシン (創元SF文庫―ウェルズSF傑作集)
タイム・マシン (創元SF文庫―ウェルズSF傑作集)

宇宙戦争 (創元SF文庫)
宇宙戦争 (創元SF文庫)
タグ:プリースト
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posted by すける at 12:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | SF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする