2017年04月27日

法正と張翼 『蒼天航路』王欣太(原案・李學仁) 

 いつかは書きたいと思っていつつも長尺過ぎてどう手をつければよいのかと放置していた『蒼天航路』ですが、いろいろ思うところもあり、まずは33巻から始めてみたいと思います。

蒼天航路(33) (モーニングコミックス)


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 法正が初登場の濃いイケメンに「地図を写したか」と問うに、青年が「刻まれた知略も」と返すシーンですね。地図とはある知性が抽象化されたものであり、青年は表面的な図像だけではなく、なによりもその知性を理解したのだというやりとりのこの場面は、『蒼天航路』本編の外まで生命力を持っています。

 ここで問う側の法正とは劉備入蜀の過程であらたに彼に仕えることになる参謀です。彼は対曹操戦では惨敗続きの劉備軍を率いるや漢中争奪戦であざやかな完勝に導きます。三国志演義では智謀面での功績は諸葛亮に一本化されるので空気感もありますが、『蒼天航路』での法正はとても印象的に描かれています。
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 (画像ガタガタしててすいません)地図に刻まれたのはこうした「法正の軍略」なわけです。では法正の智謀を写したという青年は誰かと言えば、これは張翼という人物です。

 ここからやや脱線。張翼には正史での経歴に漢中戦に参加した経歴は書かれていませんが、裴松之が注に引く「趙雲別伝」では趙雲の指揮下にある姿が描かれています。蒼天はここを参考にしてるはず。で「趙雲別伝」というのは、趙雲の遺族が彼の事績を讃えるためにまとめたものということで、史料の信用度としてはどうかと見られているものではあります。これについては「いつか書きたい『三国志』」さんの『三国志集解』趙雲の項の翻訳を参照してください。ネットにある三国志人名事典の類を見ると張翼の漢中での活動については「趙雲別伝」によると注記していたり、あるいは記述で触れていないなど、みなさん考えながら扱っている記事が多いなという印象を受けますね。

 とはいえ『蒼天航路』はここでは張翼が漢中にいるという記述を採用するのであり、それはこの青年がこの場面(219年)で法正から受け継いだ知略を抱いて、蜀の滅亡(263年)に至るまでおよそ45年を魏と戦いつづけることになるという『蒼天航路』本編のスパンを越えた射程をたった二つのコマで暗示しうるからです。
張翼は最終的には左車騎将軍まで官位を上げて、右車騎将軍の廖化と並んで蜀の最後を支え、「華陽国志」によれば「前に王平・句扶あり、後に張翼・廖化あり」と讃えられるようになります。廖化も関羽とのからみでやはり蒼天に登場し(廖化と関羽の関係は正史に記述あり)、関羽の武を廖化が、法正の知を張翼が蜀において継承していくというラインがおぼろげに提示されているわけです。こうした読み方を可能にしてくれることが『蒼天航路』を丹念に読む楽しみの一つだと言えるでしょう。
タグ:三国志
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2017年03月29日

『ライチ☆光クラブ』古屋兎丸 原案・東京グランギニョル

 タイトルを知っていながら、長いこと放置して、今さらながらに読んだのは、あるツイートを目にしたことがきっかけだった。

ライチ☆光クラブ (f×COMICS)

 遠ざけていた理由はわりと分かりやすく、あまりにも丸尾末広的な絵柄で東京グランギニョルの舞台『ライチ光クラブ』を原作としたマンガを描くということの意味を得心しかねていたからである。何周遅れかで希釈した頽落した意味でのサブカルではないのか、そのような困惑があったのだ。

 と、そのような疑問は結局読めば解消するのである。このマンガ作品はキャッチな文句である特異な少年たちの特異な少年たちの「耽美」な物語が主題ではない。そうではなく、そこにあったのは凡庸さに怯え「耽美」に憧れるということそのものの救いがたい凡庸さ、キッチュな衣裳の内実を欠いた貧しさだった。それは通過儀礼の失敗というかむしろ反通過儀礼の失敗というべきだろう。少女に手ひどくはねのけられた「廃墟の帝王」の口から出てきた言葉は「螢光中だからって馬鹿にするのか?」であり、ここに少年たちの地下活動の真実がある。
 ただし、この作品において、このように黒い油と黒い煙に覆われた老いた工場街の螢光町からどれだけ目を背けようと人生を規定された、凡庸な成長を恐れる少年たちの戯画化は著者の愛によってなされており、そのことによって生じるものは愚かな少年たちへの嘲笑ではなく、ある痛みの共有だろう。

 マンガ表現である本書とわたしは残念ながら未見の東京グランギニョル、1985年初演時のシナリオ(だって小学校を卒業したくらいだぜ)との異同の程度は今となってはなかなか分からないのだけれど、ある程度見当はついて、それは光クラブ創立時のリーダーだった田宮に焦点をあてた前日譚としての古屋兎丸オリジナル作品である『ぼくらの☆ひかりクラブ』からも読み取れるのではないか。
『東京グランギニョル Endless Art』というHPの記事で、東京グランギニョル版で主人公ゼラを演じた常川博行氏が映画版『ライチ☆光クラブ』について「これは『ライチ光クラブ』ではなく『ぼくらの☆ひかりクラブ』の映画化なのでは? それなら、解る。「ぼくら」は、兎丸ワールドだ」と言及したコメントが紹介されている。これはさすがに主演者による卓見というべきであろう。後続する言葉はマンガ版の受容のされかたについての違和感も表明しているものだが、肯定的に捉えるにせよ否定的に捉えるにせよ、『ぼくらの☆ひかりクラブ』のテーマ性がマンガ版の『ライチ☆光クラブ』を規定していることは間違いないのではないか。『ぼくらの☆ひかりクラブ』で描かれた部分のストーリーが映像部分に直接含まれていないとしても、『ぼくらの〜』の映画化と捉えることには批評的な根拠がある。
 東京グランギニョル版『ライチ光クラブ』と、古屋兎丸『ライチ☆光クラブ』の質的な差異は、『ぼくらの☆ひかりクラブ』から引き出されるもので、それは本編の冒頭において、貧しいドイツ語の数詞(古屋による四コマ漫画「常川君の日常」ではラジオの講座でドイツ語の単語をひろう姿が描かれる)と奇妙なニックネームで呼ばれた少年たちが、『ぼくらの☆ひかりクラブ』の幕切れにおいては彼らのごく当たり前で平凡な名前で明記されるところではっきりとするだろう。

 この作品の感想を検索してみると、「耽美」やグロテスクを主題とした『ライチ☆光クラブ』のようなマンガを読むことから卒業しなければ、というような言葉を見ることもあった。しかし、『ライチ☆光クラブ』というマンガはそもそもそのように読者から卒業されることを祈念した作品ではないかと思われる。そうして読者に去られることによって物語はやっと完結することが出来るのだ。しかし、その時には卒業することが出来なかった彼らを思いだしてほしいと、思う。


ぼくらの☆ひかりクラブ 上[小学生篇]
ぼくらの☆ひかりクラブ 上[小学生篇]

ぼくらの☆ひかりクラブ 下[中学生篇]
ぼくらの☆ひかりクラブ 下[中学生篇]
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2016年08月12日

『第七女子会彷徨』つばな

『COMICリュウ』で連載されていた『第七女子会彷徨』が10巻にて完結。

第七女子会彷徨 10 (リュウコミックス)
第七女子会彷徨 10 (リュウコミックス)

 1、2巻が刊行したころに夏目房之介さんが諸星大二郎の「栞と紙魚子」シリーズをポップにした感じと紹介していたが、こちらの世界像はSF寄り。ポップとはいえ、友達選定制度によってペアになった金やんと高木さんの関係は安定しているように見えつつ時に揺らぎを潜ませていて、どこか読後感に不安を持たせるような話もいくつかありました。
 そうした要素が9巻からは前景に出てきてクライマックスへ走りつめていくことになります。先行するエピソードにつぎつぎとつながりながら大団円へ。この作品は物語の中で流れる時間の管理がけっこう凝っていて、エピソードがひとつの枠の中で排他的に閉じておらず、他のエピソードと並行していたり含まれていたりといった複雑な形をとっていて、各エピソードを単純に時系列で並べることは出来ないのですが、このような語り口を継続してきたことが最終巻で猛威を振るいます。

 特に何人かの読者を不安にさせていた4巻「悠久の百円貯金」の、本編そのものからは時間的に切れていたと思われる最後のページのシーンがどういう状況だったのか分かったのはほっとしました。この話とともに、はっきりと「その後」のエピソードであった3巻「百年保存計画」で金やんの姓が変わっていることで、二人が高校を卒業して、そのまま二人が離れずにあり続けたわけではないだろうというのはなんとなく推測されていたわけですが、最終巻ではそこもまとめて拾ってくるわけです。

 高木さんは異界に誘われやすい人で、それを最後にこちら側につなぐのが金やんというエピソードは何度かあったのですが、誘う側であったひとみちゃんや彦ぱちの再登場を経て、二人の関係を示す最重要シーンを含むパン屋のおじさんのエピソードを語りなおして彷徨は終わり関係の再構築でハッピーエンド、へ。77話の見事な完走でした。次回作も楽しみに待ちたいと思います。
 あと、3巻の表紙の「エビ」が満を持しての登場、だから!

第七女子会彷徨(1) (RYU COMICS)
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posted by すける at 09:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする