2020年03月19日

ibid.について

 Twitterでちょっとibid.の使い方が話題になったので、ちょっと調べてみました。
 本来はibidem、参照元の資料を明記するときに、直前に挙げたものと重複する対象に使う略号で、同書とかそういう意味で使いますね。論文とか学術書、ちょっと固めの本とかで使われてるのを見ることもあるかと思います。

 で、そのibid.が使われない傾向になりつつあるとか。主な参考文献の書き方の形式が現在どんな感じになっているかです。

・シカゴ方式(The Chicago Manual of Style)17版
非推奨、読者混乱のリスク示唆。

"Shortened citations versus "ibid."  The abbreviation ibid. (from ibidem, "in the same place") usually refers to a single work cited in the note immediately preceding.  In a departure from previous editions, Chicago discourages the use of ibid. in favor of shortened citations...to avoid repetition, the title of a work just cited may be omitted.  Shortened citations generally take up less than a line, meaning that ibid. saves no space, and in electronic formats that link to one note at a time, ibid. risks confusing the reader."



・MLA(Modern Language Association)方式8版(人文・語学)
使用を避けている。

"MLA style avoids ibid. and op. cit., using short titles instead, on the principles that (1) a short title makes your reference clearer to readers, not requiring them to look back in text, notes, or documentation, with a groan, to find what exactly the abbreviation is pointing to, and that (2) the days of expecting an educated person to know Latin and Greek are over−i.e. and e.g. notwithstanding. QED."


・APA(American Psychological Association)書式7版(心理学)
使用しない。繰り返しの都度全体を記述。

"When repeating a citation, show the entire citation; do not, for example, include only a page number (the abbreviation “ibid.” is not used in APA Style). "


・SIST(Standards for Information of Science and Technology)02(科学)
不使用。

"その他の略記 ibid, idem, loc.cit, op.cit は,参照記述が個別に取り出されたとき書誌要素の一部を明示することができなくなるので,用いてはならない。"

 と、だいたいこんな感じで、もう使ってはいけないのかなという気がしますが、実際には多くの大学の論文の書き方の中でibid.の使い方が例示されていたりします。ある程度は査読者の考え方にも左右されるところがあるので、とりあえずは自分が何に準拠して参考文献を書いているのかを明確に意識して、それを他者に説明できるようであればいいのかなというのが個人的な立場ですが、さて。
 これもネットで検索しているだけなので、現物に当たって一通り目を通したいところですが、covid-19のためにのきなみ図書館が閉館なので(時事ネタ)宿題というところです。間違いの指摘などありましたらコメント欄へお願いします。




 

web拍手 by FC2
posted by すける at 12:02 | Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月18日

『幕末未完の革命 水戸藩の叛乱と内戦』長崎浩

 久しぶりの長崎浩。天狗党の特殊性については風太郎『魔群の通過』で少し認識できていたのだけれど、長崎からもあとがきで言及があってちょっと驚いた。

 むろん単なる歴史的記述ではなく『叛乱論』以来の、共同体の危機における政治主体の形成(あるいはその失敗)という観点で記述される。

 水戸学の特異性が、当初はそれなりに幕府と朝廷を共に立てるという形でバランスを取れていたとしても、幕末にはその矛盾にどのように
振舞うかということが問われることになるのは避けられない。攘夷を唱えていた会沢正志斎においても、混乱の過程で開国やむなしとする立場に転向し急進派から批判されることになる。原理的な攘夷を述べた「新論」が現状を追認する「時務策」において覆されるというタイトルの妙味もあるが、しかし、それも混乱の中を生きた証左ではあるのだ。
 それにしても光圀の時代には水戸藩に『三国志演義』が蔵されていたようだが、直接的な言及はあったのか。水戸藩はのちに幕府の媒介なしに勅を受けるという戊午の密勅の舞台となるわけで、蜀派の人間なら演義において劉備の受けた献帝からの密勅と自藩を重ね合わせて歴史の再現として高揚するところかもしれないが、これを契機の一つに水戸藩は内乱につっこんでいくことになる。

 また藩閥諸生党については、内戦において天狗党のネガティブな対立物単なる守旧という事前の印象しかなかったが、読んでみるとそのような簡単なものではなかった。天狗党を一度は押し込めたものの大政奉還で大状況が変わってから、水戸を去って列藩同盟に加わり、東北を転戦して犠牲者を出しつつ、会津藩の降伏後、手薄になっているであろう水戸を衝き、弘道館を占拠して、水戸城をも狙うが盛り返した藩側に押されて、なお諦めずに銚子方面へ逃走。八日市場で最後の戦闘を行い、ここで組織としては壊滅ということになるが、長崎に「見上げた根性」と言わせるだけのことはある。おそらくは松平頼徳の入城を拒んだときに権力の随伴者であることをやめ、自らを権力にする道をつかみかけたのだ。

 長崎は68年10月上旬の諸生党の銚子行きについて「ここから北海道に渡航して榎本武揚と合流する目論見であったという」と書いているが、ちょっと先走っていて、ここは誤解を招く。この段階では榎本はまだ仙台におり、北海道に到着するのは10月下旬になる。銚子行きについては、東北戦線後も諸生党と行動を共にしてた他の旧幕臣が仙台への合流を図り、諸生党が追随するという形で(市川勢は東京行きも考えていたという)市村眞一が説明しているが、ともあれすさまじい頑張り方である。
 諸生党の中心人物である市川三左衛門は、江戸に潜伏後フランス語やドイツ語を学びながらフランスへの亡命を図っていたが、とらわれて1869年に処刑される。もしもフランスに逃げていたならば、それは普仏戦争に間に合い、さらに負け戦を見るチャンスがあったかもしれないということになる。なんとなれば、パリ市内に残っていた場合には、わけのわからぬままパリコミューンの市壁の中に元水戸藩士がいるということもあり得たわけで、『天皇の世紀』から『パリ燃ゆ』まで大佛次郎の仕事を横断するような歴史を見ることがあったかもしれない。まあ、妄想なのだけれど。




web拍手 by FC2
posted by すける at 14:15 | Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月14日

『82年生まれ、キム・ジヨン』チョ・ナムジュ

 購入してからだいぶ時間が経ってしまったがやっと読めた韓国文学。



 すでにこの小説が巻き起こした反響については十分に知られていると思うけれども、主人公キム・ジヨンが女性として経験する苦難は、全女性の中で突出して不遇というわけではなく、むしろ姉妹が共に大学に進学できた家庭環境はある程度恵まれているといえるかもしれない)。それでも避けようがなく遭遇せざるを得ない進学・就職・結婚・出産・育児等の過程でなにかを諦めさせられてきた普遍的な障害についての物語が、広範な共感を得ているのだろう。

 ラストの理解者であるかと思われた人物が、自身の職場にそうした問題が生じたときに発せられる言葉で表される二面性は衝撃的であると同時に、まったく日常的に再現されているものであり、わたしも同じような状況でそれを再現しないかと言われれば、自信をもって否とは言い難い。
 このラストに関わって、語り手とキム・ジヨンの間には一人はさんでいるのではないのかという示唆もされているのだけれど、それもラストの出口のない状況に関わっている。(『82年生まれ、キム・ジヨン』の謎を解く――語り手は誰なのか?

 かなり厳しい状況なのだが、しかしキム・ジヨンの周りには女性が軽んじられる環境に抵抗するモデルも必ずいた。生まれた家庭にも、学校にも、職場にもだ(出産後には見出しづらいのがつらい)。こうした抵抗を孤立したエピソードとせず、つながりとして、共同体として打ち立てていくことが出来るならば。


web拍手 by FC2
posted by すける at 00:55 | Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする