2016年02月25日

『なんでもない一日』シャーリイ・ジャクスン

 シャーリイ・ジャクスンの未発表作品や単行本未収録だった作品を没後に遺族が編集した短編集をもとにした邦訳。まさかこんなものが読めるとは、つくづく生きているものだ。

なんでもない一日 (シャーリイ・ジャクスン短編集) (創元推理文庫)
なんでもない一日 (シャーリイ・ジャクスン短編集) (創元推理文庫)

 刊行の経緯があるので作品の質はややばらけているものの、やはりシャーリイ・ジャクスンの人間を見る目の一貫性がヒリヒリとしてそれが逆説的に心地よい。
 本書には「なんでもない日にピーナツを持って」として収録されている'One Ordinary Day, With Peanuts'はメリル編の『SFベスト・オブ・ザ・ベスト』や『ミステリマガジン』にも別の邦題で訳されていた傑作だけれど、これまでシャーリイ・ジャクスン個人名での作品集には入っていなかった。今回の邦訳で収録されたのはよろこばしいことだ。これと、やはり既訳のある「悪の可能性」が作品としては突出している。

 後半には『野蛮人との生活』からの流れの育児エッセイが入っているのだけれども、これはなかなかよい配剤で、シャーリイ・ジャクスンの作品にあふれる観察眼と、彼女の周りの現実を描写する手際の差異とまた通底する部分をたしかめることが出来る。「男の子たちのパーティ」は、生活環境が良くない少年への周囲の母親たちの心温まるエピソードとして完結しているけれど、同時にそれはなにかちょっとし手違いから「アイルランドにきて踊れ」(『くじ』所収)のようなさむざむしい地獄へと転げ落ちる不安を抱えているのかもしれない。それもまた「悪の可能性」だろう。このような作家の日常への目線が作品へと結晶していく過程を追えるのは幸運なことだ。

 この他にも悪魔との契約のバリエーションである「喫煙室」は軽いユーモアで雰囲気を変えてくれたり、「レディとの旅」が一人で田舎へ旅に出た少年と犯罪をおかした女との一時の交流を描いて意外にもさわやかな読後感を与えてくれる。実はこれが一番お気に入りであった。シャーリイ・ジャクスンの語り口が好きな人には思わぬ贈り物と言える一冊になるだろう。
web拍手 by FC2
posted by すける at 13:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月16日

『大興安嶺の落日 南ケ丘牧場前史』水上七雄 編著

 那須の温泉に入るついでに近隣をぶらぶら歩く機会を得た。そうして立ち寄った施設のひとつに南ヶ丘牧場があり、園内のレストランやショップなども充実していた。そうした商品のひとつに「ペロシキ」という表記のピロシキがあり、「なんで那須でピロシキ?」となんとなく調べてみたところ、牧場の歴史を知ることになった。
 南ヶ丘牧場の主、岡部勇雄の前身が満州はソ連との国境に接する大興安嶺の麓、三河地域の開拓からの引き揚げで、その時の牧場経営の方法を戦後、気候や土地の条件の近い那須の開拓に持ち込む。それで黒パンとかも扱っているわけだ。

 土産物のショップには、こうした経緯を描いて89年に自費出版された本書も並んでおり、ファンシーなグッズや栃木のおいしい食事の紹介本などと並んでいるとやや場違いな印象を受けさせられながらも、戦争と農場経営をめぐる貴重な史料として興味深いものがある。

DSC_0146.JPG

「開拓」への第一歩として、満州現地での開拓の専門学校であり、国士舘との関わりが深い昭和八年の鏡泊学園の創立から語られていて、同窓会のHPでも南ヶ丘牧場の名前が出てくる。また本文中に『虹色のトロツキー』に出てくる謝文東の名前が挙がってくるのも、当然と言えば当然か。

 鏡泊学園の解散後に、岡部はさらに僻遠の地である三河地方での開拓に、現地の人々に入り混じりながら挺身することになる。しばらくして満洲拓殖公社の前身である満洲拓殖株式会社の幹部から交通の利便な地への移住を打診されるが、すでに満州農民が地に根付いている場所で畑作に割り込んでも及ばず、水田作も日本の方式をそのまま持ち込んで現地の気候に適合させることは困難と、三河での「パン食と牛乳」を主とした酪農のスタイルを強く主張したことは注目に値するだろう。ここには、どこか日本的な風土を振り切る生活の可能性が含まれている。

 大興安嶺での開拓について「当時は全体主義的な時代でしたが、僻遠の地であったことも幸いして、共同農村建設を目標として、全員が共同経営を実行してきました」というくだりには、緊張感をおぼえずにはいられない。南ヶ丘牧場は「農民の手による生産から加工、販売までの一貫システム」〈リンク切れのためウェイバックマシンへ〉というスローガンを掲げていたという。共同経営や農民自身が食料品の生産、加工、流通の全過程を管理するという理想は実によく理解でき、一方ではそうした理想が時代趨勢とある種の結びつき方をした時にどのように生きるかということもあらためて考えさせられる。当事者のおかれた困難を考えれば、容易に肯定したり否定したりできるものではない。

 結局、敗戦により三河での財産はすべて失うことになるのだが、帰国後にその酪農経験の蓄積は那須で生きることになる。食事の一つひとつにも歴史があるのだ。そして、最後に「資料」として紹介されている香内三郎の「宙に浮く『満洲』経験」という文章が、この本を読んだ印象をより複雑にする。香内は敗戦後に国民がみな「内地」へと引き揚げた矢野暢の言う「不思議な現象」をとりわけ親の世代について肯定しつつ、大連で生まれた自らについては別の可能性があったことも示唆して、「全く立場をかえた日系住民として残っていたならば、どうであったろうか、とよく考える。アメリカの日系コミュニティをモデルに考えるならば、おそらく、わたしの子や孫は、日本語を話さず、中国語を話し、中国社会に溶けてゆくのではないか」と続けてゆく。そこには人間の生活が戦争によって規定されるものであることから離脱していく道もありうることがほのめかされているかもしれない。

 というわけで、固めの話になったわけですが、牧場のレストランではハンバーグとボルシチを食べて楽しんできました。ボルシチ、ビーツも利いてて美味しかったですね。

南ヶ丘牧場 ロシア黒パン(大)
南ヶ丘牧場 ロシア黒パン(大)

南ヶ丘牧場 ペロシキ(3個入り)
南ヶ丘牧場 ペロシキ(3個入り)
web拍手 by FC2
posted by すける at 19:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月22日

「武蔵野」国木田独歩

Webマガジン『トーチ』に連載中のドリヤス工場『有名すぎる文学作品をだいたい
10ページくらいの漫画で読む。』が、今回は国木田独歩「武蔵野」を扱っており、舞台の一部は先日歩いたこともある玉川上水近辺だったので、面白く読んでしまい、そのまま。独歩の原文へ。

武蔵野 (岩波文庫)
武蔵野 (岩波文庫)

 紀行文としての面白さもさることながら、楢の落葉林の美しさを観取する力を、二葉亭四迷の訳を介したツルゲーネフ「あいびき」の樺の描写から得ているというあたりの機微も、近代の風景描写の展開という意味で面白かったりする。一度、ロシア文学の描写を経なければ、独歩には武蔵野という日本の情景を描くことは出来なかったのだ。

「あいびき」における「自分は座して、四顧して、そして耳を傾けていた」という文章と、独歩が日記に記したという「林の奥に座して四顧し、傾聴し、睇視し、黙想す」という文章は本人も言うように対応しており、こうしてロシア文学によって示された観想の方法をなぞることによって発見されるものが、この時あったのである。

 また、独歩の発見した武蔵野の趣とは生活と自然の交わる入り混じる市街とも宿駅ともつかない大都会と田舎の落ち合うような場所であることも見逃せず、一方ではここからは東京を省くという方針が興味深い。わたし自身は町田の生まれで、東京の街のイメージとは実のところ二十三区内ではなく、三多摩や武蔵野といった地域の街の方にある。幸田露伴の「水の東京」を読んでも、無論このときの「東京」とは東京市のことなので、いまひとつ地理的感覚が働かなかったりもするのだ。独歩の描いた武蔵野の光景もすでに遠くなっていることは当然だけれども、玉川上水跡の緑道あたりは、いまだその名残くらいは響くところだろう。まずはそれで十分だ。

 ところで小金井の水道についての独歩の言及は、玉川上水から小金井に引かれた分水についてだろう。散歩コースとしての玉川上水への興味は、江戸時代初期のインフラについての関心、そして文学作品とまわりながら老婆が日々食器を洗う生活へと届いてきた。読む、ということはなかなか面白いものだ。



有名すぎる文学作品をだいたい10ページくらいのマンガで読む。
有名すぎる文学作品をだいたい10ページくらいのマンガで読む。
web拍手 by FC2
posted by すける at 20:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする