2011年06月08日

レイ・マンザレクのジム・モリソン(1)

 ジョン・デンズモアはその著書Riders on the Storm(邦題『ドアーズ』名著です)で、レイ・マンザレクが直接ジム・モリソンについて歌ったのは、ジムの死後に残された三人、マンザレク、デンズモア、ロビー・クリーガーのドアーズで作ったアルバムOther Voices (一応黒歴史ではないが、日本版の『ドアーズ詩集』からはオミットされている)収録のTightrope Ride のみだと言っている。






 ジムとおぼしき青年は張り渡された綱の上にたった一人で立っている。いまにも精神の均衡を失いそうだ。 語り手は青年に「一線を越えるな、バランスを保て、注意深くあれ、落ちるな!」と助言あるいは叱責する。

あるいは、「道を見つけるんだ、そうすれば次には飛べるだろう」と希望の可能性を語りつつも、

「ぼくたちは一緒だと思ってたのか?
ぼくたちが君を助けることが出来るなんて思ってたのか?」

と問いかける。

そして、最終的に「張り綱の上の君はブライアン・ジョーンズのように孤独だ、そしてぼくらは自分たちの家に帰る」と結ばれる。

 デンズモアの話を信じるならば、狂ったボーカリスト、閾を越えて墜落していった詩人への決別、これだけがレイがジムへのメッセージとして残したものということになる。だがはたしてそうか。


ドアーズ
ドアーズ
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2011年04月23日

『Jefferson's Tree of Liberty』Jefferson Starship

 ジェファーソン・スターシップアルバム "Jefferson's Tree of Liberty" 、ひさしぶりのスタジオアルバムということで、年齢的な衰えなど、期待と不安やや不安の方が大きかったのですが、いいじゃないの、これ。新加入のキャシー・リチャードソンのボーカルにも違和感ありません。
Jefferson's Tree of Liberty (Spkg)
Jefferson's Tree of Liberty (Spkg)

 トラディショナルや、60年代フォークからのカバーが多いですが、カバーアルバムにはかえって強くテーマ性があらわれるもの。アルバムタイトルがトマス・ジェファーソンの言葉から引用されるものであることからも分かるように、あの戦争が大きく影を落としている。

 その辺の意識は、1曲目の'Wasn't That A Time'にはっきりとあらわれている。



 ところで、この動画でバイオリン弾いてる人誰だろうと気になってたんだけど、Anne Harrisさんというのか。

 2曲目の 'Follow the Drinking Gourd' はとりわけ印象的で、調べてみると Drinking Gourd とは 「ひしゃく」のこと、このばあいは北斗七星を指します。奴隷制度が残存していた時期に、南部の黒人たちに「北斗七星の見える方角へ、つまり北部へ逃げて自由を手に入れよう」と訴えかける歌。


 黒人たちの逃亡を組織的に援助する「地下鉄道」Underground Railroadという組織があり、この運動の中から生まれてきた様子。ウィキには逃亡経路を記した「鉄道地図」の画像もありますが、赤いラインが書き込んであるだけの地図、この線の上を身を隠しながら移動していた人々、援助していた人々にまで想いが至るとちょっと感動的。

 さて、こういう曲はSF者としてはむりやりダブル・ミーニングで読んでしまうわけで、北斗七星の方角に向かい北部諸州あるいはカナダへ逃げなさいという正しい読み方の一方で、北斗七星そのものへ逃げろとね。むろん、ななつの星が同一平面上にあるわけじゃないですが。


 世界におとしめられ、打ちくだかれた存在が見上げる夜空、ふるさとへ、北斗七星そのものへ、帰る、歩いて、帰る…


 そういう無茶な読み方はすくなくともポール・カントナーのスターシップ構想からはギリギリ許していただきたい(苦笑)実際、フォークの安直なカバーではなく、スターシップが一回りしてトラディショナルなものを発見すると言う意味でアルバム全体を支えている力強い曲だと思う。

 他にもこのアルバムにはフィル・オクスのベトナム戦争期の反戦歌' I Ain't Marching Anymore' や、アイルランドの革命歌 'Rising of the Moon' サンディニスタ民族解放戦線を組織したカルロス・フォンセカを讃えた'Comandante Carlos Fonseca' などが収録されている。
  ポールは、ニカラグアに一時期滞在していたわけだが、街角ではきっとフォンセカの肖像画を見ていたのだろう。

 ほかにディランやジョン・レノンといった有名どころもおさえてありますが、ここでわざわざ触れる必要もないほどメジャーな人たちなので割愛。
 まぁ、こんなおどろおどろしい曲ばかりではなく、'Kisses Sweeter Than Wine' のような曲だって入ってるんですけどね。こういうテーマに偏った聞き方もまた必要だということで(苦笑)。個人的にはチャンバワンバ "English Rebel Songs 1381-1984"に続くヒットだ。

 ライナーを流し読みしてると、数年前このアルバムにつながるようなレコーディングの企画を立てていたときに、マーティ(今回不参加…)はバッファロー・スプリングフィールドの 'For What It’s Worth' を加えることを提案していたらしい。スケジュールの都合でバタバタしているうちにお流れになったようなのだ。これは、本当に残念、レコーディングされていたらマーティがメインボーカルだったのだろうか。復活させてほしい企画だ。あぁ。
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2011年03月30日

アナタいい人☆マーティ・バリン伝説

 本当は頭の中では未だに「ベイリン」と言ってるくらい切り替えの鈍い脳味噌ですが、それはさておき。
 普段音楽誌はそれほど見るほうではないけれども、少し前にたまたま覗いた雑誌だったかにジェファーソン・エアプレインの記事があり、そこでのメンバー紹介に「マーティについてはヘタレと言っておけば充分」くらいの文章があった。不快になったために、あとの記事を読まずにページを閉じたので、そのライターによるフォローがあったのかどうかは分からない。褒めるためにまずクサすというのは僕もやることだし、最後まで読んでいない文章を批判するということは出来ないので、今回の文章にそれへの反論という意図は無い。とはいえ、モチベーションにはなったけど。

 マーティといえば、ポールに声をかけることからJAをスタートさせたものの、途中からポールに主導権を握られ、ライティングする曲も少なくなり、ポールによる政治的な主張が前面に出たアルバム Volunteers の発売後に脱退に追いこまれたというのが一般的な理解である。この考え方からでは、反体制的なメッセージを発しようとするポールに対して、マーティの日和見的な態度が批判されたり、逆にポールの過激な主張を、愛を歌おうとするマーティ本来のJAからの逸脱と見たりするような、二人の間に和解不可能な線を引くような関係性の把握になりがちである。マーティのソロ活動というのがまた、AORと言うのかそういう論調を助長する曲が多かったりもするのだが。

 問題のアルバムのタイトル曲である Volunteers はマーティとポールの共作のクレジットになっているが、強烈に革命を歌いあげる内容から、これは長らくポールがメインの作詞だと思われていたふしがある。ちょっと古いが87年『レコード・コレクターズ』の記事も、明言はしていないがそういう書き方になっている。

街頭で起こっていることを見てみろ!
革命だ、革命を起こせ!


Volunteers
Volunteers

 ポールが主張する過激な革命のイメージを、メインボーカルをつとめたマーティがイヤイヤ歌わされているというイメージ。だが、マーティは愛を歌ってさえいればそれでよいというだけの人物だったのか。というか、それではマーティの愛をつかみそこなっていないだろうか。

 最近発売されたDVDで知ったのだが、実際には Volunteers はマーティの作詞だった。「revolution」という単語に、脊髄反射でこれはポールの曲だと思い込んでいたわけで、これに関してはとんだ濡れ衣であったというわけ。むろん「革命」をめぐる二人の資質の違いははっきりあらわれていて、ポールはスターシップ的な発想によく見て取ることが出来るように「革命」を宇宙船でもって初めて届くことが出来るような遠くへ遠くへと投げていってしまうときに、マーティはある朝の自宅の裏のごみ収集所辺りに見つけてしまうのである。
 どういうことか。共同生活をしていたフルトンストリートの家で、マーティは車の音に目を覚ます。外を見るとボランティアがごみを集めていた。「ストリートを見ろ」と思いつくままに書き留めた歌詞を翌日ポールに見せ、ポールが曲をつけることで完成に至る。路上でのデモ隊の衝突に着想を得た曲といえば、Street Fighting Man や For What It's Worth がすぐ思いつく。Volunteersもそのような文脈で理解されていたのかもしれない。だが、マーティが見つけた、そして見ろと言った路上とは、否定的な衝突の場所ではなく、人々が自主的に生活を維持管理するような場所だったのだ。このようなマーティをやはり僕は非常に政治的な人物だと思う。ただポールとは抱えている「政治」が違うだけだ。「ポール、革命ってこういうもんだろ?」
Fly Jefferson Airplane [DVD] [Import]
Fly Jefferson Airplane [DVD] [Import]

 映画『パンサー 黒豹の銃弾』では、子供が車にひかれないための自主的な交通誘導を組織するブラックパンサーの姿が描かれる。それはFBIとの銃撃戦などよりもよほど重要なことであろう。たぶん革命的権力とは、敵対勢力をギロチンにかけたりするなんてつまらぬものではなく、自分たちでごみを集めたり、交通誘導したり、炊き出ししたりとかそういうことなのだ。

パンサー[黒豹の銃弾](字幕) [VHS]
パンサー[黒豹の銃弾](字幕) [VHS]

 マーティの政治的センスが非常に優れていると思うのは、JAを作ると同時に、出資者などをつのり募りつつ、自分たちが歌うためのクラブ「マトリックス」を65年に開いてしまったことである。歌を歌いたい・聞かせたいという若い表現欲求だけではなく、それを支える物資的な基盤も自分たちの手でコントロールしようという発想には、コミュニティを自主管理のもとに現実的に運営していくマーティのセンスのよさがあらわれている。それは、自分の身の回りのことにとどまらない、Do It Yourself の芸術的な局面を社会的な水準にまで広げていく一つの端緒であったのではないか。マーティがJAのみならず様々なバンドに演奏する機会を与えたことが、やがて60年代後半の状況を牽引する一つの要因になったとは、決して言い過ぎにはならないと思う。

 さて、そうは言ってもマーティは実際ヘタレという言葉も似合うのではないかと思うような面白キャラでもある。ロッカーの武勇伝という言葉には程遠いというか、いつもワリを食う役目というか。ドアーズのヨーロッパコンサートに同行したJAのアムステルダム公演で、演奏の最中に泥酔したジム・モリソンに絡まれて、マイクのコードにからまったままジムともにステージから落下するマーティ、ゴダールのドキュメンタリー映画用にニューヨークのホテルの屋上で無許可で演奏した際、飛んできた警察に「こいつがリーダーだ」とメンバーから突き出されて一人だけ逮捕されたマーティ。星のめぐり合わせが悪すぎる。しかし、こんな男を好きにならずにいられるだろうか?ジム・モリソンとか、逮捕とかいうキーワードがついてきても陰惨な感じがしないのが不思議である、こういうのを人徳というのかしら。

 それでも、ひとつだけ痛恨といえる事件はあったのだろう。オルタモント。警備に入っていたヘルズ・エンジェルスと観客との小競り合いを見かねて止めに入ったマーティは、逆にエンジェルスに殴り倒される。ケンカが弱いのぅ、マーティ…。そしてストーンズのステージで、さらに決定的な事件は起こる。結局のところ、ウッドストック世代の良心をギリギリで救済したのは、マーティだったのではないだろうか。『ルーシー・モノストーンの真実』で、オルタモントにおいてJAのメンバーが殴られたという記述が少しだけ出てくるのだが、そこに大塚英志が何らかの意味を込めたのではないか、というのは相変わらず私の斜め読みが過ぎますか。それにしたって、マーティの陽性な存在は60年代のアーティストとして、ジメジメ部のルーシー・モノストーンなどと対峙し得ると思うのだ。あんなくだらないもの都市伝説にするよりマーティを聴けと。俺だけか。でも、死なないって、それだけでたいしたことじゃないかな。

 室矢憲治氏の「サンフランシスコ・サウンド・メモワール」によると、2007年のサマー・オブ・ラブ40周年集会に、ポールとともに出演したマーティに「いいぞ、マーティ、オルタモントでエンジェルスと渡り合ったのがおまえだけだったこと、俺たちはおぼえているぞ!」と観客が声を上げたらしい。見ている人は見ているのだな。あるいは天使だったのかもしれないね。


 路線の対立だとかなんとか言われたって、JAで別れて、ジェファーソン・スターシップでくっついてまた別れて、KBCバンドでまた一緒にやってみたり、JAを再結成したり、ジェファーソン・スターシップ・ネクストジェネレーション(宇宙大作戦?)を立ち上げたりと、ポールとマーティは今日に至るまで活動を共にしている。結局のところ彼らはアプローチの仕方の違いなどはあれ、補完しあうような存在なんだろう。

「ヘタレ」と言うか、「俺たちはおぼえているぞ!」と言うか。結局他人をはかる言葉によって、自分自身もまた裁かれるのだということくらいは、こんな日記を書いている程度の私でも、肝に銘じたいとは思う。


 というわけで、またロック史に関するいい加減な知識で文章書いてしまったのでつっこみ待ちですー。アムステルダムでのジムとのくだりは個々の証言がバラバラだったりするのでマヌケ度の高い部分を取捨した感じです。
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