2016年09月13日

『挑戦者たち』法月綸太郎

 本格ミステリの華と言えば「読者への挑戦」はその一つだろう。作者と読者が一つの条件下において挑戦するものとされるものとして対決するというジャンルのゲーム性を顕かにあらわすこの要素のみを抽出して、法月綸太郎は99のアプローチをやってのけた。


挑戦者たち
挑戦者たち

 わたしが最初に「読者への挑戦」に触れたのははっきりとは思いだせないが、栗本薫の『鬼面の研究』あたりだったはずだ。「本格」の意匠を借用しながらジャンルへの批評をおこなうという意思はあの作品にもあったと思うが、ともあれやや衒いもふくめた様式美への愛着というものをあのとき見せられたのだ。

「97 不完全な真空」でレーモン・クノー『文体練習』が引き合いに出され、章題はむろんレムの『完全な真空』を想起させることからも分かるように、本書では文体の模倣や過去の様々な作品のパロディを駆使した「読者への挑戦」があらわれる。巻末の引用・参考文献もなかなかの威容だが、参照されている作品はこれだけに収まっているわけではないのだ。次々と繰り出される軽妙なパスティーシュに笑い転げているうちに、切り出された形で提示された「読者への挑戦」から、「読者への挑戦」のミステリにおける意味、あるいは逆に「読者への挑戦」からミステリ総体をとらえかえす機縁もあるかもしれない。「46 分類マニア」「51 これより先、無法地帯」「73 天地無用」といった章はそうした可能性をあらわしている。
 また、個別の作品でどうこうというタイプの文章では必ずしもないのだけれど、ノックスの十戒とマザー・グースの合わせ技の「十戒」などは独立した作品としても見事にまとまっている。

 装丁も凝っており、価格の設定からすると非常に趣味的な度合いの高い本であるが、著者の不可解なまでの力の入りように感嘆せざるをえない、今年の読書家への贈り物といってよい傑作だろう。
タグ:法月綸太郎
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posted by すける at 03:32 | Comment(0) | TrackBack(1) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月02日

『死の鳥』ハーラン・エリスン

 ハーラン・エリスンの日本における短編集の二冊目である。まだ二冊目なのかと思うけれども、一方では仕方ないのだと思うところもないでもないかもしれない。すべての作品は既訳があり、これならもっと早く出ていても良かったのではないかと思うけれども、一方では仕方ないのだと思うところもないでもないかもしれない。実際にはいつかは出るかもしれないが、それが自分が生きているときではないのではないかくらいには考えていたのではないだろうか。しかし、ここに刊行されたのである、本当に。

死の鳥 (ハヤカワ文庫SF)
死の鳥 (ハヤカワ文庫SF)

 アンソロジーなどで既訳をそれなりに読んでいるので、初読のものを。
「竜討つものにまぼろしを」は今あらためて読まれることでより強いカウンターとしての効果がにじみ出る作品であり、現実を愛せなかったものが幻想のなかではたして本当に愛や勇気を見つけることが出来るのかと問いかけてくる。
「北緯38度54分、西経77度0分13秒 ランゲルハンス島沖を漂流中」という強烈なタイトルの短編は、登場人物の配置などにスチームパンク的に現代風の想像力を見せる出だしから『ミクロの決死圏』的人体探検の旅へ……と思いきや肉体の中が内的世界を映しだすという展開を見せてくれる。表題作は世界の始まりから終わりまでのスケールと非常に個人的な出来事を並行し重ね合わせながら描いて傑作。やはりこの時期にSFは自分たちがSFを書いていることの意味を集中的にあらためて発見しつつあったということを感じさせ、ディレイニーのエンパイア・スターなども想起させられる。

「『悔い改めよ、ハーレクィン! 』とチクタクマンはいった」や「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」といった代表作クラスの短編(これらが個人短編集に入っていなかったとは!)をまとめて読むことで、詞を変え曲を変えながらも、エリスンはやはりただひとつの歌を歌い続けているのだと思わされる。世界に対峙する実存と言いたくなるのだ。豊浦志朗を少し変えて言うならば、敗れた犬の牙のブルース、と。こうした抵抗者の視点と「ジェフティは五つ」ではっきりと提示されたノスタルジーは、はっきりと反時代的であり、そしてそれゆえにエリスンの短編は忘れられたり再発見されたりしつつも永続的な生命を持つことだろう。そしてすでに失ってしまったものを守って施しも拒否して孤独に暴力と戦うとショッピングバッグレディの物語「ソフト・モンキー」によって本書は締めくくられるのだ。

世界の中心で愛を叫んだけもの (ハヤカワ文庫 SF エ 4-1)
世界の中心で愛を叫んだけもの (ハヤカワ文庫 SF エ 4-1)
タグ:エリスン
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2016年08月12日

『第七女子会彷徨』つばな

『COMICリュウ』で連載されていた『第七女子会彷徨』が10巻にて完結。

第七女子会彷徨 10 (リュウコミックス)
第七女子会彷徨 10 (リュウコミックス)

 1、2巻が刊行したころに夏目房之介さんが諸星大二郎の「栞と紙魚子」シリーズをポップにした感じと紹介していたが、こちらの世界像はSF寄り。ポップとはいえ、友達選定制度によってペアになった金やんと高木さんの関係は安定しているように見えつつ時に揺らぎを潜ませていて、どこか読後感に不安を持たせるような話もいくつかありました。
 そうした要素が9巻からは前景に出てきてクライマックスへ走りつめていくことになります。先行するエピソードにつぎつぎとつながりながら大団円へ。この作品は物語の中で流れる時間の管理がけっこう凝っていて、エピソードがひとつの枠の中で排他的に閉じておらず、他のエピソードと並行していたり含まれていたりといった複雑な形をとっていて、各エピソードを単純に時系列で並べることは出来ないのですが、このような語り口を継続してきたことが最終巻で猛威を振るいます。

 特に何人かの読者を不安にさせていた4巻「悠久の百円貯金」の、本編そのものからは時間的に切れていたと思われる最後のページのシーンがどういう状況だったのか分かったのはほっとしました。この話とともに、はっきりと「その後」のエピソードであった3巻「百年保存計画」で金やんの姓が変わっていることで、二人が高校を卒業して、そのまま二人が離れずにあり続けたわけではないだろうというのはなんとなく推測されていたわけですが、最終巻ではそこもまとめて拾ってくるわけです。

 高木さんは異界に誘われやすい人で、それを最後にこちら側につなぐのが金やんというエピソードは何度かあったのですが、誘う側であったひとみちゃんや彦ぱちの再登場を経て、二人の関係を示す最重要シーンを含むパン屋のおじさんのエピソードを語りなおして彷徨は終わり関係の再構築でハッピーエンド、へ。77話の見事な完走でした。次回作も楽しみに待ちたいと思います。
 あと、3巻の表紙の「エビ」が満を持しての登場、だから!

第七女子会彷徨(1) (RYU COMICS)
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posted by すける at 09:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする