2016年07月17日

『ハイ・ライズ』J・G・バラード

 自給自足すら可能な(巨大なシステムに繋がれているということが前提だけれど)四十階建てのタワーマンション内で暮らす、まずは中流以上の階層の人々の間で繰り広げられる「階間闘争」を描くテクノロジー三部作の一冊。八月公開の映画『ハイ・ライズ』に合わせて、以前早川から出ていた作品の創元からの復刊。訳は新訳ではなく、若干手直ししたものだという。なおあいだのナカグロは早川版ではハイフンだったことに注意を。

ハイ・ライズ (創元SF文庫)
ハイ・ライズ (創元SF文庫)

 このような題材ではついついいかめしく現代社会の病理について云々してみたくもなるけれど、タワーマンションに住む人々の階層間の意識については、「タワーマンションの低層階に住むとかぁ」という島崎某氏の発言とか、高層階かから降りてくるエレベーターは、止めずに見送るローカルマナーとか、こんな序列を内面化せんとあかんのかという日常的にげんなりするレベルで起こっているもののようだ。本書でもエレベーターの使用や管理をめぐる闘争はひとつの焦点だったことは面白い。

 渡邊利道氏は解説で各階層を代表する視点人物について「キャラクター付けがそれぞれきわめて明快で、いささか図式的すぎるくらい」と評しているとおり、上層階の人物ロイヤル(Royal)と下層階の人物(Wilder)ワイルダーの姓は、彼らのマンションにおける位置づけをはっきりとあらわしている。もちろん自覚的に提示された図式というものは欠点ではない。とりわけロイヤルの建築家という職業は、空間を構築する意志の形象化として注目されるだろう。こうした二人の対決が物語を動かしていくが、この対立が結末までを支配できるのかというのは読んでのお楽しみである。

 高級タワーマンションの住人たちが抗争の過程でやたら小便をぶちまけたり壁を汚物まみれにしたりするシーンも目立つのだけれど、あれはマーキングなのだろう。本書では臭いに関する描写も多い。テクノロジーの支配する空間で原始的なレベルのなわばりのしるしづけが横行するという逆転がそこには示される。
 マンションがいまだ空の人造湖に面しているのも何重にも象徴的で、『燃える世界』では水とは時間の隠喩だったわけだが、ここでもそれは干上がっており、しかもそれは人工的に用意されたものであるにもかかわらず、なのだ。

 高層建築物(『狂風世界』)や荒廃した世界の動物園(『燃える世界』)といった初期作品の要素と、飽和した消費社会の上層階級による暴力の行使という『殺す』を先駆とする後期作品のモチーフをつなぐこの作品はバラードの中期作品として見通しがよく、他の長編群を読むたびにあらためて参照されることになるはずだ。ということでこれでテクノロジー三部作を全部読めた。『クラッシュ』と『ハイ・ライズ』は創元の復刊からなので、ほんと創元さまさまである。

ハイ・ライズ[DVD]
ハイ・ライズ[DVD]
タグ:バラード
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2016年06月29日

『燃える世界』J・G・バラード

『ハイ・ライズ』公開とそれに合わせての原作の創元からの復刊の前に、破滅三部作のうち未読だった『燃える世界』を読みはじめる。

燃える世界 (創元SF文庫)
燃える世界 (創元SF文庫)

 「時間とは川の流れのようなものだ」というよくある言い回しであるけれど、さまざまな時間SFにおいてもこのような観点は承認されてきた。そして、本作において川の存在は時間の観念と直接結びつけられており、旱魃により川が干上がった世界は、川=時間によって支えられてきたさまざまな基準を人間の世界が失った状態だということになる。
 主人公が当初ハウスボートに住んでいて、旱魃以降ハウスボートにあまり帰らなくなるという描写からも、破滅がはじまる前の主人公と世界との関係性をあらわしているだろう。これはダニエル・ストラックが『近代文学の橋 風景描写における隠喩的解釈の可能性』で宮本輝の『泥の河』から水上生活者の世界の中での存在の不安定さを読み取ったところに、とりあえず対応させて読むことができる。だから逆説的ながら世界の変異後にむしろ世界との関係性の再構築の可能性があったとすら。しかしながら、そのような試みは失敗を続けることになるが。

 この作品ではシュールレアリストの画家であるイヴ・タンギーの絵画”jour de lenteur”(緩慢な日)が言及され、最終章の題にも採られているが、バラードの作品は一度頭の中で絵画に変換するとすんなりと頭に入るところがある。
 それにしても、世界の変容と諸個人の関係性は本作においては混じり合いながらも被膜一枚でなお外世界と内世界に弁別できるところがあるのだが、この後の『結晶世界』においては普通ならアナロジーにとどめる現象をそのまま物質的な水準で描くという力業を示して、こんなものを書いてしまったのではもはや「破滅もの」の続きを書くという気にはたしかになるまいと思わざるを得ない。方法論をすさまじい勢いで高めて明確なゴールにたどり着く過程について『沈んだ世界』や『結晶世界』を再読しあらためて考えてみたくなった。
タグ:バラード
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2016年06月16日

『いちばんここに似合う人』ミランダ・ジュライ

 キノベス一位にTwitter文学賞獲得した短編集、どちらかというとわたしの読書範囲のメインストリームではなくアンテナには届いてこないタイプの小説だけど面白かった。

いちばんここに似合う人 (新潮クレスト・ブックス)
いちばんここに似合う人 (新潮クレスト・ブックス)

 ミランダ・ジュライの幼少期は、岸本佐知子氏の訳者あとがきによると、ニューエイジ系の出版社を営む両親の周囲に「かなり境界例っぽい大人たち」の出入りする環境だったというが、作品にもそうした雰囲気は影響しており、そうした社会人にはなりきれない人物たちが、それでもなにかしら社会の周縁部のそれなりに組織化されたグループに関わりながら人生を送っている姿を見られることは非常に楽しかった。
 一般的な人生のルートからは外れているが、しかしだからといって極端に劇的な人生を送るというわけでもなく、案外凡庸な悩みを解消できぬまま人とつながってみたり、やがて急激にあるいは緩やかにそうしたつながりもほどかれていくことを確認していくことになる。
「あなたは? かけ直したい?/もしきみがそうしてほしいのなら/でももし私がそうしてほしくないなら、電話しなくてもかまわないということ?」というあたりの会話のどうしようもなさの普遍性には頭を抱えたくなる人も多いだろう。

 個人的には「その人」「十の本当のこと」「水泳チーム」を推したい。
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posted by すける at 02:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする