『楊令伝』を読み終えて、クールダウンするためにすぐに『岳飛伝』にはいくまいと決めていて、それではということで『史記 武帝紀』をはさむことにする。大水滸伝の流れからは外れるが、図式としては対応するものがあるというのが事前の読み筋になる。
とりわけ梁山泊の経済基盤となった塩の密売から楊令期に大きく展開された自由経済による発展という在り方に対して、塩鉄会議に至る桑弘羊の統制経済策が一方の極に立ち、対匈奴での領土拡大はやがて来る『チンギス紀』の巨大版図と裏表になるだろうと。
とはいえ、そんなに読み通りに話を動かしてくれるほど素直な展開でもなく、武帝の経済政策は具体的な面においては桑弘羊に丸投げという形で、むろんトップはそれでいいと言えばいいのだが、他人が皇帝である自分のやりたいことのために察して動くべきだという傾向が強すぎ、衛青のような将軍もそうした野心を代行するといった形での軍へのかかわり方になっている。霍去病だけは少し違うのだが、基本的には群臣みな武帝の顔色をうかがいながら物事を進めるという様子。
だが、この様相が5巻から一気に変わることになる。これまでの対匈奴戦での優勢を失い、李陵が降り、蘇武も捕らわれるという情勢下で司馬遷は宮刑を受ける。漢王朝の論理の中で生きていた人々が、なにかしらそこで外れるような生き方をしていかざるを得なくなり、ここで個人というものが一気に噴出してくる。なるほど中島敦がやりたかったというのがよく分かる。とりわけ印象的なのは蘇武で、降伏を拒み流されたバイカル湖のほとりでただ一人で生き抜くというためだけの闘いを始める。この巻は印象的とする読書も多く、冬の夜の空が割れる描写の中でただ極寒の中を生きていく蘇武の姿と、なんとなく目的はあるが、そこへ向かっての道筋をもはや描けない漢軍の姿は実に対照的になっている。
6巻では酷吏である江充に一瞬だけ視点が移るときがあり、武帝期に酷吏が存在感を増してきた側面があり、この作品でも描かれているのだが、おもに武帝の使役(用が済めば断罪)対象としてであり、ここで江充が主体として現れるのは全巻通して不思議なポイントだった。なお、諸星大二郎が扱って「無面目」を描いていると知る。
後半部には匈奴社会とその変容についても多くページが割かれており、これは北方らしいと言える。終盤に至り、武帝のために生き、戦費調達のための経済政策を展開し結果として武帝のために国政をゆがめてきた桑弘羊が霍光に新しく政治を正す手段を示唆し、武帝によって起こった大きな物語が閉じていく姿を見せる中で、この物語は当初予想していたような図式に重きを置いたのではなく、人間に向き合う話だったことが突きつけられた。
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